2007年5月24日付け
大口信夫氏(一九一七―九四年)を覚えているだろうか。在聖総領事時代の七〇年に誘拐され、政治犯五人と引き替えに解放された外交官だ。あの時にメキシコに亡命して行方をくらましていた元ゲリラが突然、亡霊のようにマスコミの前に姿を現した。官憲の目をくぐりながら三十六年間、一般市民としてベロオリゾンテ市で暮らしてきたという。この四日に「本名に戻りたい」と公表した▼本名はオターヴィオ・アンジェロ。この潜伏期間の偽名はアントーニオ・ルイス・カルネイロ・ロッシャ。監獄で拷問を受け、この事件で解放されメキシコに亡命した後、キューバで偽名の身分証明書を手に入れた▼極秘のうちに七一年にブラジルに舞い戻り、武装闘争に戻るつもりで潜入したミナス州でいつしか疲れ果てた。偽名のまま建設工として働き、ミナス連邦大学の歴史学科を卒業し、結婚して家庭を築いた。戻ってきた最初の七年間は、不測の事態に備えて肌身離さずピストルを携帯したという。何気ない市民を装いながらも、拷問された記憶は常に脳裏から離れなかったに違いない。家族にすら本当のことを言っていなかった▼現地紙によれば、息子が十八歳で死んだときに「自分のせいだ」と思った。「父親が本当はどんなことをやったのかを知らずに息子は死んだ」ことに責任を感じた。家族の反対を押し切って本名に戻ることを決意して〇一年に恩赦請求をし、手続きを加速させるために今回公表した▼当時の仲間がルーラ政権で華やかにスポットライトを浴びているのをみて羨ましくなったのか。歴史は伏流水のように突如吹き出す。(深)