2007年5月17日付け
ブラジルによる途上国支援に、日本が協力するプロジェクトが進んでいる。国際協力機構(JICA)は野菜研究プロジェクト(一九八七―一九九二年)を通して、ブラジル農牧公社野菜研究所(ブラジリア)に野菜生産技術を移転した。同研究所を起点にし、昨年から始まったJICA支援の第三国研修「野菜生産」では、より気候環境が近い南米諸国やアフリカから研究所へ研修に来てもらい、その技術を広く第三世界に普及している。日伯連携による南南協力の先進的な事例となっている。
同研究所のジウマール・ヘンツ技術移転部長は四月二十五日、記者団を前に「日本からブラジルにいったん移植された野菜生産技術は、ここで適応段階を経て応用性の高いものになっている。アフリカの気候はここに近いから、日本から直接移植するよりも実践的だ」と成果を強調した。
例えば、日本のカボチャ「鉄かぶと」品種を、この研究所でブラジルの気候に適した「Abobora Jabras」に改良・普及した。
さらに、「野菜生産は零細農家に適した作物。コストが安く回転が速いし、大豆やサトウキビと違って機械化していないから毎日の作業が必要」とし、発展途上国への技術移植に適しているとの見解をのべた。
すでに、ジア・デ・カンポ(農業現地研修)で展示圃を見せながら、学校生徒や青少年ら二千五百人への普及啓蒙を行った実績もある。現政権が推進する「飢餓ゼロ」政策にも合致し、農村から都市に流入する労働者や小農への営農指導も意識している。
同研究所はJICAの支援により、昨年十一月から五年間の計画で第三国研修を開始した。ポ語圏アフリカ諸国と南米諸国からの技術者を交互に毎年十二人ずつ受け入れ、一カ月ほど同研究所で野菜生産の研修をする。昨年はその一環でサンパウロ市にも足のばし、日系農家の畑や市場も視察した。
これに先立ち、昨年九月にアンゴラ、モザンビークも視察し、現地の実状の調査とプロジェクトの説明に関係機関を回った。
ヘンツ部長は「マプト(モザンビークの首都)もルアンダ(アンゴラの首都)も酷い状態だった」と振り返る。モザンビークでは長年内戦を続けた後に九二年に和平協定を調印、アンゴラは七四年から〇二年まで血で血を洗う内戦が続いた。
二国とも野菜供給の大半を南ア共和国からの輸入に頼っており、価格が高く庶民には手の届きにくい実態があり、「都市近郊で大量生産するような、基礎的な技術が必要とされていることが分かった」と同部長は分析する。
「気候がブラジルに近く、言葉は完全に理解できる」とこの援助の利点を強調し、「今後とも強化拡大したい」との強い意志を示した。国内の雇用問題はもちろん、アフリカの食糧問題解決にも有益な、新タイプの支援といえそうだ。