ピアニスト。村のガチョウの気を引きそうな顔した夢見る男。弾いては飲む。鍵盤のそばには生ビール。その視線はさまよう魂のように遠くにある。17世紀のピアニスト、ブルジョアの抒情詩人、職匠歌人(マスターシンガー)で空想家のハンスザックが、ビールの中にワウキリア《註=北欧神話の神々》の絹のベルトと金の指輪を求める魂と同じだ・・・。
ピアニストの魂は遠くにいて、いつも不在。しかし現に存在するその指からは「チャダッシュの姫君」が生まれる。ひとつの音符が別の音符の中に飲まれて消えていく。
「道化者たち」が別のバーの別のピアニスト、別のピアノで奏でられる。
アルジェリアやセネガルに住んだことがあるハンガリー出身の金髪のボーイが忙しく給仕し、あわただしく勘定する。茶色のリノリウムのテーブルでは浮世を忘れたカップルがいる。出よう。金髪ボーイがカウンターで金満家とさいころを振っている。
別のバー。扉にはステッキをもつ大統領のような顔の夜警がいる。酵母やバターやデリカテッセンのむかつくようなにおい。茶色のトーン。男たちが悲しく白髪になった金髪のような白いビールの泡を口にしている。そしてピアノ・・・ピアノが遠くに行く・・・いや、すぐそこの別のバーだ。
入ろう。するとすぐアーケードの上にこうもりの羽を広げた悪魔が、手に懐中電灯をもっている油絵が見えた。バーの名前が「Ewige Lampe」。ドイツの古い伝説。一方の壁にはブラジルの蝶のコレクション。よく博物館に静かにひっそりと飾られたり、善良でイノッセンスなドイツ的家庭に飾られる。(ああ、イノッセンス。タウナイー《Alfredo Maria Adriano dEscragnolle Taunnay リオ生まれの作家・画家・歴史家。代表作「イノセンシア」1872年》の「イノセンシア」にすばやく思いはせる)
奥のピアノの上には大きな告知板。「お知らせ―12時以降は、この場所において何人も歌うことを禁じます」(歌)が赤字でかかれている。それで?
昔からのゲルマン・ボヘミアンの「酒、女、歌」はどうなるんだい? まあ、ダブルのビールは(現在はダブルとは言わず、タンパという)テーブルにある。女もそこにダブルでいる。まあ、夫と笑っている子どもとダブルというよりはワンセットってことだろう。それから歌は・・・出発し、逃げて、終って・・・死んだ・・・戦争にいって。あの壁にあるハイデンベルグの厳しい監視のもとで。
ピアノは奏でる・・・「アイ。アイ。アイ」「小さな愛にかえて」「ロモナ(ロモナはヤンキーが作ったもので唯一この地区のドイツ人たちが奏でるものだ)」
別のバー。すべて金色。心がない。きれいごとの世界。国粋主義の予備役軍人たちが陣取って、いつでも、いつも国を憂いるところ。タンゴで目の下にくまを作った地元の褐色の青年が、蓄音機の「ママ、ミヨ、・・・」をきいている。ドイツのブルドッグがはいってきた。岩のように大きくて貫禄にみちたブルドッグ紳士は悠然とテーブルの間を回り、あたりを青い目で睥睨するように最上の席に座った。棚には生き生きとペーパーミントやワイントスカやアニスリキュールがラベルを見せびらかしている。
別のバー。あの大統領のような夜警から教えられて「給仕女」がいると勧められたので行った。面白くもない・・・。
別のバー。これは楽しい。壁には色のついた大きな明るいカリカチュア。その中の一人。太った男が、生ビールをかかげたこんなフレーズ。
「オレといっしょにここにいてくれ!!」
ここのオーナーは時折店を閉める。ハハハ。よい芝居を顧客に上演して見せるために。
「中にいる人だけでおしまい。これ以上はお断り!!」
別のバー。
しかし、何のために・・・いつも同じではないか。ある夜、あるバー、ある生ビール。
メランコリー。生ビールの憂鬱。ピアノの憂鬱。夜の憂鬱。
夜よ――。
馬に乗ったビールの王様ガンブリヌが雲の上にいる。この厚い雲が、軒並みバーが並ぶこの街に垂れ込めている。大麦の王冠、ホップの杖、錫の大グラスから白い泡が滴る・・滴る・・・この白い霧のように。このサンパウロの霧のように。
1929年3月24日
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