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福岡県人会=〝お家騒動〟に幕=高裁が控訴を棄却=渡部氏の敗訴が確定

2007年2月14日付け

 福岡県人会元会長の渡部一誠氏が県人会顧問、相談役ら三人に対して起こしていた訴訟でこのほど、昨年十月にサンパウロ州高裁が出した原告の請求を棄却する判決が確定。渡部氏側の敗訴が決まった。県人会を二分したこのたびの〃お家騒動〃。松尾治会長も「これで県人会内のごたごたが終了しました」と安堵した様子を見せている。
 今回の訴訟問題は二〇〇三年、それまで二十四年にわたって続けられてきた福岡県農業実習制度に関して渡部会長以下当時の執行部が「治安面に関しては絶対の保証はできかねる」などとした文書を母県に送付したことが発端となった。前年度実習生の派遣先農場で強盗事件が発生したことが原因だった。
 福岡県は二十五回目の派遣を見送り。以後、現在まで実習制度は再開されていない。
 この件に関して執行部から十分な説明がなかったとする同会顧問、相談役などが執行部退陣を求める臨時総会を計画。同会では当時の理事会メンバー二十人が辞職し、県人会機能が事実上停止状態に陥った。
 同年四月に予定されていた反執行部側の臨時総会は、渡部氏の地裁への申し立てにより無効となった。さらに渡部氏は顧問ら四人を、県人会運営の邪魔をしているなどとして慰謝料を求めサンパウロ地裁に告訴。県人会内部の騒動が法廷に持ち込まれる異常事態に。
 この問題に関し母県から県議会議員が調停のため来伯、事態は収束に向かうと思われたが、裁判は継続。被告の一人、前田正信県人会顧問は裁判係争中に死去。同顧問の脇田勅さん、中村勲さんと小西香月相談役の三人と渡部氏との間で裁判は続けられた。
 訴訟は、原告側の請求を退けた一審判決(〇五年一月)を不服とした渡部氏側が同年六月に州高裁へ控訴するなど長期化の様相を見せていたが、昨年十月に高裁が一審判決を支持する判決を下し、原告の控訴を棄却。昨年十二月一日にブラジリアの最高裁への特別抗告の期限が切れ、原告側の敗訴が確定した。
 現役会長による県人会顧問・相談役の告訴という〃骨肉〃の争いとなったこのたびの裁判騒動。脇田顧問は「控訴の段階で弁護士から三、四年かかる可能性もあると言われていましたが、思ったより早くすみました」と裁判を振り返りながらも、「訴訟はすんだが、県人会の歴史の中で現役会長が裁判を起こしたという汚点は消えない。今回の一連の出来事でコロニアや母県、留守家族会などに県人会のイメージを損ねたことが残念。責任を感じてほしい」と話した。
 渡部氏の次に会長に就任、裁判の経緯を見守ってきた松尾治会長は、結果を受け「安堵しています」と一言。母県への正式な連絡はまだだが、『心配して電話をかけてきていた』という留守家族会の関係者からは「良かった」との返事があったという。