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初の国外犯処罰裁判――改造車で左から追い抜き=桧垣被告「避けきれなかった」=ブラジルメディアも注目

2007年2月8日付け

 【既報関連】六日午後二時前からサンパウロ市のフォーラム・ジャバクアラで行われた初の国外犯処罰裁判で、桧垣ミルトン・ノボル被告(31)はひき逃げ事実を大筋で認めた。
 九九年七月に静岡県浜松市で女子高生落合真弓さん=当時(16)=がひき逃げされ死亡した事件で、業務上過失致死と救護義務違反の罪に問われている。
 日本からの訴えにより、ブラジル刑法で裁かれる最初の国外犯処罰として注目を集め、日本のメディア関係者だけで約四十人、地元メディアを含めると約六十人。交通事故裁判としては異例の注目度だった。
 冒頭で、アントーニオ・アウバロ・カステーロ裁判官が起訴事実を読み上げ、いくつか質問をし、桧垣被告は自分の運転していた車が被害者とぶつかり、それを救助せずに逃げたことを認めた。
 桧垣被告は最初、裁判官からの質問に、一メートルも離れていない傍聴席にも聞こえないぐらい小さな声で答えるなど、終始、緊張した面持ちだった。
 被告は「前の車を左から追い越そうとしたら、車線の間に彼女がいて避けられなかった」と自ら供述。日本では右からの追い越しが原則。マルシオ・ルイス・サフーボ検察官の「チューンナップした改造車に乗っていたのか?」との質問に、被告は「はい」と答え、他車とのスピード競争中の事故であった可能性を印象付けた。
 裁判官に逃げた理由を問われ、「外国人への差別が怖かった」と繰り返した。さらに「なぜ日本の警察に出頭しなかったか?」と質問され、「警察がどう自分のことを扱うかが分からず怖かった」と説明した。
 裁判後に、桧垣被告は記者会見にのぞみ、「実刑判決を受けるのではと大変怖い」と現在の心境を吐露した。さらに「日本では外国人は公正な裁判を受けられないと思いブラジルに戻った」などと語った。「事故以来、車を運転していない」ことを明らかにし、被害者家族への謝罪を繰り返した。
 その後、サフーボ検察官も会見。「供述はおおよそ予想通りだった」と前置きし、「差別の存在しない国はない。たとえ日本で外国人差別があったとしても、被告が逃げ帰ってきたことを正当化するものではない」と強い口調で述べ、「どこの世界でも罪を逃れることは最小限でなければならない」と語った。
 今後の見通しを聞かれ、「できれば一年あまりで、遅くとも三年以内では判決にこぎ着けたい」との述べた。ブラジル交通法では二年十カ月から六年間までの判決を受ける可能性があるが、四年までだと社会奉仕で済む場合があると説明した。
 同検察官によれば、今回の結果を日本の裁判所へ送り、日本の警察から送られた調書にある五人の証言の取り直しを依頼するなどし、それが戻った時点で次の公判が開かれる。
 このニュースは日本のテレビ報道番組はもちろん、全国紙、地方新聞の大半でも報じられた。ブラジルでもグローボ以外の主要テレビ局、エスタード紙でも写真入りで報じられ、ニュースサイトG1でも記事が掲載されるなど、今までにない注目を集めた。