ホーム | 文芸 | 連載小説 | 花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香 | 花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=36

花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=36

 ブラジルでは総て、エディフィシオ(アパルトメント)と呼び、豪華であればこちらが勝手に「あそこは、パラシオ」と呼ぶのである。私が紹介されて行ったパラシオは、家なら二階建てと表現できるが、アパートの場合は何と呼ぶのであろうか、二階と三階ひっくるめて一軒分のアパートであった。二階から三階へ行くための個人のエレベーターもあった。とにかく広かった。大サロンが三つあり、大食堂、プライベートな居間、書斎、娯楽室、テレビ鑑賞室、音楽室、客用寝室、プライベートベッドルーム、大台所、お手伝い部屋、お針子部屋、洗濯場などがあった。豪華さをイメージさせない、なに変哲ない入り口にエディフィシオと記されているのだが、入ればそこはパラーシオ(宮殿)であった。
 日本なら、こんな家に私のような仕事の人間が出入りする場合は、お勝手口へまわされるであろうが、何度訪問をしても正面入り口から通された。エレベーターは正面玄関用とお勝手口用があるにもかかわらずである。
 初めての訪問者には部屋から部屋をすべて見せ、洋服ダンスの中まで開けて見せるのがこの国の習慣で、私には宝石箱まで見せてくれた。美容院ルッチから紹介されて仕事に行った私にまで、奥様がじきじきに案内して見せたのである。御主人様はいったいどんな職業の方か。このようなお宅の奥様の時間の過ごし方は、奥様が自分をただただ美しく磨くことなんだと変な納得をして帰ったものである。
 「ブラジル人の金持ちはそんなもんよ」とペンソンのおんな主はしたり顔で教えてくれた。貧富の差の激しい国の富の側を見たわけである。またある日は、エリザベス・テーラーのそっくりさんが美容院に現れて、そのお顔の手入れをさせてもらった。その他のお客を見ても、なるほどルッチが自慢するほど良い客筋であった。

 ミニスカートで現れるので分からなかったが、向かいの「料亭赤坂」からも仲居さんが髪のセットに来た。そうと言われて初めてわかり美顔術を勧めると、髪のセットをする前の時間である午後一時から二時頃に「赤坂」へきて欲しいということになり、「赤坂」へ出入をすることになった。
 一番先に私の客になったリオデジャネイロから来たという小柄な女性は、さっぱりした気性であったが、私と同じ花嫁事情があったか、家庭に事情があったようだが何も話そうとしないから、私から聞くこともなく、「夫から逃げて来た」の一言で察するしかなかった。「この赤坂の仲居さんの中には、そんな人が多いのよ」ともその女性は言った。
 美容院ルッチで客待ちをしていると、パーマをしていない私の髪は、カットを勉強中の女の子の稽古台として狙われたし、またパーマネントをかけられセットの稽古台にも度々された。パーマをかけられセットをされて向かいの赤坂へ仕事に出かけた私を見て、どう認めたか女将は、
 「明日からうちに働きに来ない?ステーキハウスも始めるので忙しくなるのよ」と言って、親指と人差し指を擦りあわせるこの国の、お金を意味する仕草をして、
 「実入りがいいよ」と誘いの言葉を言いはじめた。
 「私は結婚するので」と、嘘も方便というのを使い私は逃げた。ホステスや仲居をしようという気にはどうしてもなれなかったのだ。後に料亭「青柳」でもスカウトされそうになったが、スカウトされるままに水商売に入っておれば、わたしの人生は別の展開をしたであろう。