慶応義塾大学医学部国際医学研究会(IMA)の第二十九次派遣団(志水秀行団長)が来伯。八月七日から三十一日までの約一カ月間に、サンパウロ大学(USP)併設病院の視察、ボツカツで開催された「第十九回日伯医学生会議」に参加。マナウスでアマゾンの無医村地域を廻る巡回診療船に同行。クイヤバではシャバンテ族巡回診療に参加し、ブラジルの医療状況の視察を行った。
同事業が始まったのは一九七八年。当時医学部四年生だった大上正裕さんが単身来伯した際に「日本では六年間学んで医者になるという決められた道があるけれども、他の場所での事情は見ていない」と、第一次派遣団の実施が決まった。
一行は志水外科学教室心臓血管外科講師を団長に、山崎真敬副団長(同心臓血管外科医)と同大学医学部六年生の三人で構成。学生が中心となって企画し、七月半ばからホンジュラス、キューバで調査活動を行ってきた。
「自分たちとは知識と経験の量が違う。頼もしかった」とブラジルの医学生との交流を振り返った石田隆さん。学生会議やサンタカーザ病院救急外来での実習を通じて、互いの国の医療事情を交換した。
大学に入学した一年目から本格的に医学の勉強をはじめ、卒業と同時に医者になれるブラジルと、大学三年目から医学をはじめ、医師国家試験、二年間の研修を終えた後に医者として働くことのできる日本。「制度の違いもあるけれど負けない」と、慶応の医学生三人はさらなる勉強を心していた。
また、サンパウロ大学(USP)の併設病院では世界最先端をいくブラジル医療を、アマゾンでは医療資源の届かない現状を体験し、「最高と最低の両方を見た」という。無料の保険制度はあるとはいえ、最善の医療資源を得れる人は限られている。「知ってはいたけど、格差に驚いた。自分は日本人でよかったと思った」と菅間剛さん。
原口水葉さんは一年半前からポルトガル語の勉強を積み、来伯の準備をしてきた。「今、途上国で働きたいという思いもあるし、今回の経験が日本に医療制度見直しに役立てられるかもしれない」と話した。
「最低と最高を見た」=ブラジルの医療、慶応の学生ら
2006年9月9日付け