2006年2月4日(土)
ブラジルの代表的料理として、まっさきにあがるのがモケカ (Moqueca) 。魚の煮込み料理で、ムケカ (Muqueca) とも呼ばれる。アフリカのアンゴラ地方で、バンツー族系部族が使う言語のひとつ、キンブンド語に由来する。ムケカ (Mu’keka) は、「魚の煮込み」という意味。それがなまって、最初はポケカ (Poqueca) と呼ばれ、やがてモケカまたはムケカとなった。大西洋沿岸の、ヴィトリア市からフォルタレーザ市までの区間では、どこでも名物料理とされるが、発祥はサルヴァドール市。バイア料理として、ほかの地方へひろまり、十九世紀には、ブラジルの代表的な料理として、地位がかたまった。今日では、魚だけでなく、エビや貝類もよく使われ、それもモケカと呼ばれる。地方によって、味付けはさまざま。ヴァリエーションが多いため、なにが本来のモケカなのか、定義があいまいになってきた。要するに、魚介類を煮た料理ということだが、どの地方でも共通しているのは、パーム油(デンデーヤシの果肉から抽出した油)を使うこと。
バイアの海岸地方(サルヴァドール市およびイリェウス市)に導入された黒人奴隷が、十六世紀以来、デンデーヤシ(アブラヤシ)の油を利用してきた。開拓初期の時代に、バイア沿岸に大量のアフリカ人が導入されたたため、アフリカ文化の影響を、もっとも強く受けることになった。それが食文化にもあらわれている。海岸地方で、魚を常食とする習慣も、バイアの黒人奴隷がつくりだしたもの。パーム油で味付けしたのも、バイアのアフリカ人が早かった。
魚の煮込み料理はすべて、モケカと呼んでもよいわけだが、パーム油を使うものにかぎられる。バイアで考案された調理法が、ほかの地方へもひろまったとき、モケカという名もいっしょに伝わったからである。十七世紀にブラジルへやってきたアフリカ人は、エスピリット・サント、ペルナンブコ、パライーバ、パラーなどに分散した。かれらが、それぞれの場所でつくる魚の煮込みは、モケカ(パーム油使用)とペイシャーダ(パーム油以外の油脂を使用)に区別されている。
パーム油は、赤い色をしているので、すぐに見分けがつく。また、凝固点(二十三度?二十八度)が高いので、少し冷え込むと、バターのように固まってしまう。したがって、モケカがさめると、表面に凝固したパーム油の赤い皮膜ができる。熱いうちは皮膜ができない。それでも、赤い油が煮汁の表面に浮くと、たとえ少量でも「どぎつい」感じがする。
現代の都会人は、一般に油脂の摂取量が少なく、ちょっと見ただけで、いかにも「油っこい」感じの料理を嫌う人は多い。また、食べ終わったあと、口のなかや唇に油が付着し、ベタついた違和感が残る。それも、モケカが大都市で普及しない、重要な理由のひとつとなっている。
たしかに、パーム油はベタつくが、それを回避する食べ方がある。食前に、カシャサを一杯飲む。アルコール飲料に弱い人は、バチーダ(カシャサ、果汁、水を混ぜたカクテル)がよい。モケカを皿にとりわけたなら、トウガラシを少量加える。このトウガラシは、あらかじめ植物油(オリーブ油、トウモロコシ油、ゴマ油など)に入れて、エッセンスを浸出させる。その油を数滴加える。さらに、マンジオカ粉を大量に加え、煮汁を吸収させる。油でギラギラしている煮汁も、粉に混ぜるとそれほど強くは感じない。モケカにコメを添えるのは感心しない。調理人自慢の味がそこなわれる。さらに、アルコールの刺激と、トウガラシの辛みによって、唾液の分泌が促進される。口のなかに残るわずかな油脂は、唾液が除去。食後にオレンジやパイナップルのような、酸味の強い果実を食べると、さらにすっきりする。【文=和泉雅之】
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