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「円売り伝説の虚実」は本当か=ノンフィクション作家=高橋幸春=連載(3)=新聞、銀行関係者も関与?

2005年11月8日(火)

 「コロニア戦後十年史」に記されているユダヤ人が大量の円を上海から持ち込んだという説は、勝ち組のデマで、その噂がコロニアに流布し、混乱に拍車かけたのが真相だったと醍醐氏は断定しているが、パウリスタ新聞に掲載されている円売りの記述はそれだけではない。
 一九四七年五月七日付けの新聞には、仮名ながら四人がサンパウロの警察当局に身柄を拘束され、取調べを受けた事実が載っている。
 それに先立つ三日、ジアリオ・ダ・ノイチ紙には押収された円紙幣の写真とともに逮捕時の模様が報道されている。醍醐氏はこうした事実を当然熟知しているはずだが、いっさいの言及を避けている。
 記事を読めば、円売りがユダヤ人の大量持ち込み説を裏付けるほどではないにしろ、実体のあるものとして行われていたことは十分に理解できる。
 ユダヤ人の持ち込み説は、たしかに興味深いが、麻野涼として小説を書くとき、やはりリアリティ(現実感)に欠くと思い、私自身、まったく異なる設定を考えた。当時、円紙幣がブラジルにどれほどあったか、私はそれを知らない。
 しかし、サンパウロ新聞の創刊当時の関係者A氏(故人)からこんな指摘を受けた。
「いくら円があったかということはそれほど問題ではない。一万円しか仮になかったとしても、一人の円売りが十箇所の移住地を回り、吹きまくったとすれば、コロニアは十万円があるのと同じ混乱を引き起こすことになる」
 ユダヤ人の持ち込み説は、勝ち組のデマであり、被害者も出ていないことから、「噂」混乱説を醍醐氏は述べている。私自身、被害者にも会ったこともない。しかし、円売りの問題は円が大量にあったかどうか、被害者が続出したかどうか、それだけが問題ではないと思う。
 身柄を拘束された者の中には日系銀行関係者もいたとパウリスタ新聞には記されている。組織的に新聞社、銀行関係者複数が、円売りを行っていたとしたらどうなるのだろうか。
 これらの記事を検証することもなく、結論を導きだした醍醐氏の主張には、論理に飛躍がありすぎるし、あまりにも拙速すぎはしないか。
 一九八八年移民八十周年の年、私はブラジルを訪れ、サンパウロ新聞の水本光任氏を取材した。目的は円売りについて直接取材すること。円売りを働いていたとして四人が拘束された事務所は、創刊当時のサンパウロ新聞社とされている。それをバックナンバーで確認すること。前述のA氏からは、サンパウロ新聞は創刊当時敗戦を報じたが、それでは売れないので、天皇がいる限り日本は安泰だとする天皇帰一説、つまり日本は勝っていると思えるような報道に変えたと聞いていた。その天皇帰一説を確かめること。
 円売りについて水本氏は、「私の部下が売ったわずかばかりの円が、円売りになるというのか。それが私の責任になるのか。私が円を売ったというのなら、買った人間を出しなさい。買った人間は一人も出てこないではないか」と激怒した。
 後の二つの疑問については、創刊当時の新聞は盗難にあって今はないという回答だった。  つづく

■「円売り伝説の虚実」は本当か=ノンフィクション作家=高橋幸春=連載(2)=水本氏の沈黙は歴史の闇

■「円売り伝説の虚実」は本当か=ノンフィクション作家=高橋幸春=連載(1)=醍醐氏説に落胆と苛立ち