グルメクラブ
2005年10月14日(金)
学生時代、こんな先生に出会っていたら自分は変わっていただろう。そう思える人と知り合うことがある。
六十三歳のアントニーニョ・ラパッシさんは、わたしにとってまさにそんな人だった。
先日サンパウロ市で開かれたグルメの見本市に、アメリカーノ市でつくっているカシャッサを出品していた。有機(オーガニック)を基本に、昔ながらの蒸留方法にこだわった商品だ。
パパーイ(お父さん)。男児が駆け寄ってきた。聞けば、八人目の子供だという。まだ五歳だという。金髪の三十がらみの美しい女性が男児のうしろからやってきた。「おれの妻だ」とラパッシさんはいった。
「元気の素? カシャッサさ。有機のおかげだ。オーガニックでオーガニズム。ハハハハ」
彼はむかし教師だった。専門は歴史である。ただの助平なイタリア系オヤジ(失敬)ではない。だから、自社製品の名前は歴史にちなむものばかりだ。
サンパウロ誕生四百五十年(二〇〇四年)に合わせて売り出した商品は「サンパウロ・ダ・ガロア」(霧のサンパウロ)といった。
かつて霧の都と呼ばれたことに由来する。ラベルには二、三〇年代を想起させるモダンガールのイラストが、赤と黒(サンパウロの色)で描かれていた。
ヴァルガス元大統領が一九五四年に自害し五十年が経過した同年にはまた、「ゼトゥーリオ・ヴァルガス」を発売している。
この商品を買うとついてくる小冊子は歴史教師の真骨頂だ。「ヴァルガス、あるいはブラジル的精神の結集」の題で、ヴァルガス在りし日々のブラジルを完結に説明しながら、その業績を称えている。酒を飲んで現代史が学べるのは珍しい。
序文の「フランスがブランデーにナポレオンの名を冠して誇りとしているなら、ブラジルはカシャッサにヴァルガスと名付けたい」の箇所も面白い。
ラパッシさんは、ジュッセリーノ・クビシェッキ大統領に捧げる一本も世に送り出している。二〇〇二年の生誕百年を記念し手掛けた。来年は死後三十年にあたり、再び本格的に売り出したいと意欲を示す。
TVグローボもそれに合わせ、来年一月からクビシェッキ大統領の人生をテーマにしたドラマを放映予定で、すでに先週から撮影が始まっている。
彼曰く、「ドラマの製作発表会では出演者、スタッフに振舞うつもりだ」。
商品名を「ノノー・ド・ティジュコ」という。ノノーは幼年の頃の愛称で、ティジュッコは生地ミナス州ディアマンティーナの旧称だそうだ。さすがは歴史の先生、ためになる。
最後に、来年大統領選の行方について聞いてみた。ちょっと間を置いて、「サンパウロ市長のジョゼ・セーラになって欲しいね。同じイタリア系だし」と学術的根拠のない発言。このいい加減さも好きだなあ。