（食）風景スケッチ―３―モデルと一緒に食べ放題

グルメクラブ

2005年9月16日（金）

　隣りのテーブルではいずれも十代半ばとみられる、モデル嬢四人組が仲良く食事している。
　顔立ち、雰囲気は四者四様だ。ギリシャの名女優メリナ・メリクーリから、赤毛のアン、クレオパトラ、そして若尾文子とグレース・ケリーを足したような顔の子まで。いかにも人種混交の国のモデルらしい。
　「うーん、見事ですな」
　同行の格さんが腕を組んで感心している。
　日本から旅行に来た彼の職業は俳優だ。二代目水戸黄門の故西村晃さんの付き人をしていたこともある。
　このレポートに登場するなら、仮名にしてくれないかというので、格さんを選んだ。助さんの方がいいと主張したが、名前の一部に「スケ」を含むわたしが助さん役をいただいて、彼にはあきらめてもらった。
　モデル嬢を眺めながらという設定のランチは、格さんのたっての希望である。
　近年世界のファッション業界から引く手あまたのブラジル人女性モデルたち。その事情を特集した日本の人気テレビ番組を観て以来の念願だったらしい。
　で、格さんといま、イタイン・ビビ区のレストラン、マッタ・カフェに来ている。ＩМＧ、エリート、メガ、マリリン、フォードといった有名モデル事務所が周辺に集中しているため、「モデル食堂」として知られている場所だ。
　「粒ぞろいですけど、まだみんな卵なんですよ」
　格さんはそうですかとうなずき、相好を崩した。
　観察に夢中な格さんをほっといて、モデルたちがなぜマッタ・カフェの常連なのか、少し説明しよう。
　（１）先述したように利便性が高い（２）周辺の事務所と契約するモデルには割引ある（３）カメラマンやデザイナーら業界関係者が打ち合わせに利用する機会が多いので、仕事に恵まれるチャンスも（４）献立の指針を与えているのが元モデルのコックだから、栄養とカロリーが考慮されている――が主な理由だ。
　つまり、モデルの卵たちにとって、この店は財布の中身を気にせず通える、スタイルを維持するための適切な食事と出会える食堂で、かつ「オーディション会場」でもあるのだ。
　と突然、格さんは、黄門さまにねだってもらったという由緒のあるニコン製カメラをバックから取り出して、食卓のうえに置いた。
　ハハーン、そうか、カメラマンを装って彼女たちの気を引こうというのだな。
　が、相棒の狙いは、入り口に立つ、焼けた肌と金髪の組み合わせが妙に色っぽいホステスだったのだ。
　「モデルさんはですなー、まーその、何か人形みたいでしょう。もっとも生活臭を感じさせないからこそ、不思議なオーラがあるわけですが。ま、色気に関してはホステスに軍配が上がるでしょう」という。
　この店のホステスは美女ぞろいとの評判が高い。www.namata.com.brで参照されたい。格さんの指摘する意味が判る。美のモデル、色気のホステスか。
　助さんはジョルナル・ダ・タルデの愛読者だ。というのは、毎週金曜日付の新聞にはさまれてくる冊子の巻頭ページ「今週のホステス」が気に入っている。
　その記事と写真から性格や素性、行動範囲までがうかがえ、楽しい。私生活を隠蔽しがちなモデルでは成立しない企画だろう。
　ついうっかり八兵衛、本題から逸れたが、料理の話に戻ると、献立は元モデルの調理人のアイディアによる、とはすでに述べた。
　料理は日替わり、各曜日にテーマがある。月＝有機食品をライト感覚で。火＝家庭／田舎。水＝フェイジョアーダ。木＝エスニック系。金＝現代的タラ料理――といった感じである。
　わたしたちは家庭／田舎の火曜日の店にいる。ポロネギを添えたフィレ肉ステーキ、鶏ササミ肉のかつ、イカとニンニクのスパゲティ、トウモロコシのクリーム、フェイジョン豆。前菜はイタリア料理がベースでカルパチョや野菜のオリーブ漬け、多彩なチーズ……。ほかに、タマネギのキッシュとソーセージのパステル。数種揃うサラダは青野菜と大豆、穀物、フルーツなどを上手に組み合わせており、感心。
　モデルたちもパクパク、アップルパイやチョコレートケーキのデザートまでしっかりたいらげていた。
　味付けに過不足なし、洗練されている。その辺のポルキロ（量り売り）レストランと比べてはいけない。バーのカウンター上に並ぶ大皿に盛られた料理は見た目もカッコイイのである。
　一人二四・九レアル。格さんは「まいったですなー、昨日は日本人街でとんかつを食べたのです。二十五レアルほどしました。ここなら好きなだけ食べられて、このおいしさ、安さでしょう。なんだか損した気分であります。節約旅行なのに。涙ですな」
　モデルやホステスが観察できる環境で絶妙な料理を思い存分味わうか、それとも高い金払って頑固オヤジの面を眺めながらとんかつを食べるか、要するにどちらが得か。格さんと助さんなら前者を選ぶだろうというお話である。
　　　　　　◎
　イタイン・ビビ区マッタ街７０、電話１１・３０７９・０３００。周辺には外国名の街路が目立つ。世界を飛び回るモデルが通うのにはふさわしい立地か。