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日語ラジオ放送を調査=ロンドリーナで=日本から平原さん

2005年9月6日(火)

 [ロンドリーナ]平原哲也国際事業部コンサルティング契約グループ課長が、八月五日、ロンドリーナを訪問、十二日まで北パラナ地方で、一九五〇年代から七〇年代にかけて日本語放送で活躍した元アナウンサーたちと懇談した。同氏は、昨年四月末もサンパウロ市、同近郊、奥地のプ・プルデンテなど巡って、過去・現在の日本語ラジオ放送を調べている。
 パラナでは、六四年、中川芳則さんがローランジア放送を始めたのがきっかけで、それ以来、マリンガ、アプカラナ、ローランジア、カンベ、イビポラン、アサイと競って放送が広がっていった。
 戦後も、「日本語使用禁止」が解かれたあと、日系人たちは日本語に飢える状態にあり、再開されたときは日本語や歌に郷愁を抱き、毎日、聴取しては心安らかな状態を得た。放送は、七〇年代、当局の禁止令によって、姿を消した。
 平原課長は、学生時代の七〇年代はじめ、サンパウロの日本語短波放送を受信してから、南米からの放送に興味を持ったという。このたびの調査結果を、〇八年の日本移民百周年祭典の際、小冊子にして配る予定だという。