2005年8月19日(金)
【エスタード・デ・サンパウロ紙十四日】メルセデス・ベンツ社の高級コンパクト車、クラッセAが販売開始六年を経て、販売不振で市場から姿を消すことになった。ミナス・ジェライス州ジュイス・デ・フォーラ市の工場で十五日、最後の生産車が組み立てられて、六年間の幕を閉じた。
同車は一九九九年に年産七万台規模で操業を開始したが、これまでの販売実績が六万台と意に反して振るわず、ドイツの本社ダイムラー・クライスラーが市場撤退を決定した。同車は高級車と大衆車の中間の準高級車を売り物にデビューしたが、一般向けには値段が高く(四万四五〇〇レアル)、富裕階級には役者不足となり、販売が宙に浮いた形となっていた。本社ではこれに替る車種の生産を検討するが、具体案は出されていない。
これまでにブラジルで短期に市場から姿を消した乗用車は数多いが、その最短記録はチッポ(フィアット)の一年、同車は九三年の輸入車販売を経て九六年に国産化されたが翌年には撤退した。次いでスプレマ(GM)、ブラーバ(フィアット)アポロ(VW)、オッギ(フィアット)、ポインター(VW)がいずれも三年、コルサ・ワゴン(GM)、ログス(VW)が四年の寿命だった。
逆に市場になじんで一世を風靡しているのがコンビ(VW)で四十八年の歴史を刻み、現在も生産されている。次いで一時生産を中断したものの、フスカ(VW)の三十一年、ゴール(VW)の二十五年、オパラ(GM・生産中止)の二十四年、パラチ(VW)とセベイロ(VW)の二十三年、ウノ(フィアット)とシェベッチ(GM・生産中止)の二十一年とVW(フォルクスワーゲン)が圧倒的に多い。当時はVW車が市場を占め、同社をドイツ本社と知らずに、ブラジルはえ抜きの内国資本、オラが国の会社だと信じて疑わなかった国民が大半だった。