東京・新宿にある「中村屋」のカレー・ライスは美味い。この店は大正の頃に始まった名店であり、パンや菓子もだがカレーは格別なのである。創業の相馬愛蔵と黒光夫妻の苦労があったのだろうが、兎に角―美味い。黒光は随筆家で文筆家との交際も広くて「中村屋文化人サロン」はよく知られる。ロシアの詩人エロシェンコやインド独立運動のR・B・ボースを匿い、ボースは相馬家の娘・俊子と結婚してもいる▼このためかどうか?あるいはボースに秘伝を学んだのかも知れないがあのカレーの味は抜群と云っていい。ここのカレーにはラッキョウの甘漬けと福神漬けが付く。カレーに福神漬けのメニュ―は、大正時代に周航していた大阪商船の欧州航路が一等船客に供していたものが始まりらしい。中村屋もこれに右ならえしたのだろうが、これがまた不思議なほどによく合うし美味なのだ▼福神漬けは江戸から続く伝統食と思いがちだけれども明治十八年に東京は上野の乾物商・野田清右衛門が発明したものなのである。ダイコン、ナス、レンコン、キュウリ、シソの実、シイタケにナタマメの七種の野菜を細かく刻んで醤油と味醂や酒などの調味料で漬けたものだが、これが結構―難しい▼と、こんな話を記したのも聖母婦人会が慈善バザーを開き名物の「福神漬け」を出品するの報道を見たからである。あの秘術は―卒寿を超した内木フミさんなどの先輩らが作り方を教え今日に繋がったのではあるまいか。その昔―お裾分けを戴き口にしたのだが、出来栄えは上々。ご飯を一杯余計に食べたの記憶が鮮やかに残っている。 (遯)
05/7/5