「安達先生、このブラジルに移住されては?、将来は先生の幸せにもつながり、人々のお役に立つことになると思いますが、如何ですか」―これは、JICAが老ク連に初めて派遣したシニアボランティア安達正子さんへの礼状の一節である▼レクリエーションを習った、そして一緒に遊んでもらったパウリスタ線の老人クラブの役員がお礼に付け加えたのだ。まことに勝手?とも受け取れる言い分だが、このほど帰国した安達さんはそれほど愛され、人気を獲得したということだ▼帰国前、サンパウロ市の一老人クラブとほほえましい交流があったことも耳に入ってきた。去る老ク連の傘下クラブ代表者会議は、安達さんの送別会を兼ねていた。席上、安達さんは「(人の目もそんなに気にしなくてもいい、また干渉もされないブラジルに来て)私は耳飾り用の孔を開けた」と打ち明け話をした▼それを聞いたあるクラブの代表が、仲間と相談をし、早速ブリンコを求めてきてプレゼントしたというのである。感激極まったという感じであった。若い人たち同士のことではないので、話はよけい楽しい。あけっぴろげで行動できるブラジルが、安達さんがますます好きになったのはいうまでもない▼シニアは、二年足らずの期間に、五十四回老ク連支部の指導を行い、三十九クラブの人たちと会った。「たかがレクレーション指導」ではない。「移住して来て」と請われるほど、一人のシニアと日系高年との縁が深められたのは、珍しく、不思議な出来事であった。(神)
05/6/29