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カンガルーケア/母乳育児/自然分娩=家族の絆結ぶ病院に=JICA=サンパウロ市で支援活動

5月14日(土)

母親の胸元に裸のまま小さな小さな赤ちゃんが抱かれている。未熟児用の保育器が並ぶ部屋の横には、カンガルーのように我が子を包んで温める「カンガルーメソッド」の部屋。機械的な保育器の部屋とは対照的なやわらかい空気が漂っている。
 広いおもちゃライブラリーや廊下の壁には国際協力機構(JICA)やモンチ・アズール住民協会(ウテ・クレーマー代表)のボランティアによってカラフルな絵が描かれている。
 「初期の子供時代が改善されることは平和につながります。ベイビー・フレンドリー・ホスピタルを目指しています」。
 サンパウロ市カンポ・リンポ区にあるカンポ・リンポ病院は、JICAのプロジェクト、PIPaz(プリメイラ・インファンシア・ペラ・パス)に協力する病院の一つである。これを進めているのが小貫大輔さん。
 小貫さんは一九八八年から五年間モンチ・アズール住民協会でボランティア活動に参加、日本に帰国後、チルドレンズ・リソース・インターナショナル(CRI)を創設し、自然分娩や育児に関する啓蒙活動を続けてきた。現在はJICAの専門家としてブラジルで同プロジェクトなどの活動をしている。
 カンガルーメソッドは、赤ちゃんをじかに胸に抱いて温める療法。体温を維持できない未熟児は普段保育器に入れられ相当のストレスにさらされているが、胸に抱かれて体温や心臓の鼓動を感じることで安心感や愛情を得ることができる。「これまでは退院してから何らかの病気で病院に戻ってくる未熟児が多かったが、現在はほぼ百%戻ってきません」と小貫さんは自信を見せる。
同プロジェクトは妊娠期から六歳までのプリメイラ・インファンシアの時代を改善し、健康や平和につなげようという目的で二〇〇三年三月から今年六月までJICAとサンパウロ市保健局が合同で進めてきたパイロット・プロジェクト。モンチ・アズール住民協会や同市内のいくつかの病院が協力している。
そして、中でも強く推進しているのが自然分娩である。世界保健機構(WHO)は帝王切開率を十五%以内に抑えるようにと呼びかけているがブラジルでは依然として三十五%を超える。帝王切開のほうが安全だという間違った認識や、忙しい医者が計画的に仕事をするために好む傾向が未だ根強いためだ。
小貫さんは語る。「自然分娩では母親の脳からさまざまなホルモンが分泌され、赤ちゃんが生まれた瞬間は互いに覚醒状態にある。そのとき母子が目を見合わせてしっかりと絆を確認することが重要です」。
帝王切開の抱える問題と自然分娩が母子に大切であることを訴え、シンポジウムを開き、ポスターや冊子を配布して広く呼びかけている。特に、内容が古く上流階級向けにしかなかった自然分娩に関するビデオを、モンチ・アズールや家庭で助産婦を務める日系三世のヴィルマ・ニシさんの協力で、一般に向けて製作した。
同病院ではその他にも、母乳銀行が大きな成果をあげている。ここには母乳に余裕のある母親によって絞られた母乳が殺菌され冷凍保存されていて、母乳の出が悪い母親に利用されるほか、未熟児には特に有効に活用されている。未熟児は内臓が十分に発達していないため人工栄養を消化吸収できず胃腸が壊死してしまうが、母乳ではその心配が少ない。母乳銀行を開始してから一年で未熟児の死亡率は半分に減ったという。「ブラジルでは、思春期の出産、感染症、産前検診の不足等の理由から未熟児で誕生するケースが多い」ため、未熟児の保護が課題となっているのだ。
「ここではおっぱいの絞り方を指導したり悩み相談を受け付けたりもしています。ブラジルは母乳銀行の先進国なのよ」と母乳銀行の管理者の女性はにこやかに語った。
母親たちの憩いの場となっているようだ、壁にはおっぱいを咥える赤ちゃんの写真がたくさん貼られていた。「最近母乳を保存するマヨネーズの瓶がプラスチックに変わってしまって足りないの、空き瓶があったら持ってきてください」。
同プロジェクトの期間が終わっても、市や病院と協力してカンガルーメソッドや母乳育児、自然分娩の推進活動は続けられる予定。
「病院は赤ちゃんが赤ちゃんが生まれるだけでなく家族が生まれる場所でもある。家族の絆を結ぶ手助けとしての病院にならなくてはいけない」と小貫さんは熱く語った。
同プロジェクトに関するシンポジウムが三十一日午後一時より、サンパウロ大学工学部講堂で行われる。シンポジウムはこの二年間のプロジェクトの報告会となる。発表者は小貫さんをはじめ、日本の保険局などで二ヶ月間研修を受けてきたブラジル人、病院関係者、NGO関係者など六人。主に病院関係者や幼児教育に関心のある学校教師を対象に発表が行われるが「一般の人にも役立つ、興味のる人には貴重な機会」(小貫さん)、参加はインターネットで申し込むことができる。(http://www.ngo.jica.org.br/port/pipaz.asp)。