4月12日(火)
冒頭、「ここ数年、これほどコロニアの注目を集めることはなかった」と、谷候補は今回の選挙を位置付けた。
選挙に関して、二十六人もの候補者を連名にする現在のシャッパ方式があるために、対抗シャッパを出すのが難しくなっており、コロニアの民意を反映しづらい状態になっていると指摘した。「コロニアを一致団結させる弊害となっている」。当選すれば、「選挙制度の見直しが最初の公約」と明言した。
コロニア分裂を避けるために、当選したら現在のシャッパの半分に外れてもらい、二世陣や女性を入れるために役員を再構成する考えを明らかにした。
「この五~六年、文協には決断力、責任感を持ったリーダーが不在で、新事業のアイデアも不足していた」と問題点を挙げた。そのうえで、文協に隣接する軍用地の買収手法に関して、選挙が決まってから交渉を始めるなど、現執行部に先見の明がないと厳しく断罪。会場となった小講堂の設備不足(空調など)を例にとり、「時代の流れを見ていない」と分析、さらに「会員はお客さまだという意識が欠けている。文協職員の対応がなっていない」と、経営者としての顔も覗かせた。
地方文協や日本との関係を密接化する重要性も今後の課題とし、それらの問題を解決できるのは「人の五倍頑張ってきた、働き者の私しかできない」と締めくくり、万雷の拍手が会場から送られた。
■文協について■
◎「現在、文協が進めている創立五十周年事業を継続して行うのか」
「(五十周年事業について)深くは知らないが、百周年を三年後に控えた今、必要なことだろうか」と疑問を投げかけた。「三百七十万レアルもの金額を予算計上しており、その多くを寄付金に頼っているようだが、実質無理ではないか」とした上で、現職の上原候補に見通しを聞いた。
上原候補はルアネー法などを挙げ、文化に関するものであれば、可能性は高いとの回答に谷氏は、自身の経験から、融資における銀行などの手数料や利子が高いと指摘。個人の考えとしては、「無理をしない範囲で百周年の練習としてやりたい」との考えを述べた。
◎「〃双子の赤字〃とも言われる国士舘スポーツセンター、移民史料館の運営・取り扱いをどう考えるか」
「四年ほど前に桜祭りに行き、『これからどうなるのだろう』という現地の声を聞いた」という。「これからは道路も良くなり、一時間ほどで行けるようになるのでは」という希望的観測のうえで、「環境の良さや充実した設備の点からの将来性」を指摘。地元で委員会を作り、フェイラの開催や、百周年に予想される日本からの訪問団に備え、サンパウロ市からの循環バスなども考えられる」とした。
史料館に関しては、マイクロフィルムなどで保存、管理を行っているアメリカの例を出し、資料整理を進めつつも、施設の環境整備が重要と話した。
◎「文協を通じたコロニアの活性化と次世代の若者をどのように取りこんでいくか」
「こうすればよくなるというのがおかしい」と質問自体に疑問を呈し、「例えば百周年でどうやってパカエンブー(競技場)を一杯にするか」といった議論を各団体にしてもらう。「活性化は目的を共有することによって生まれる。若者を呼ぶ問題も同様で、例えば、この小講堂にも若者を呼ぶのであれば、椅子はいらない。そういう声もきく必要がある」と話した。
■移民百周年について■
◎「日伯総合センターの建設問題」
「レオポルジーナ案はご破算」と自身のマニフェストを再確認。祭典協会の組織やシステムを「いびつな団体」と位置付け、同協会の理事長に立候補し、後には解散させたい」と語った。
その代わりに「大成功に終わったブラジル日本移民八十周年の時のように、文協内に(百周年の)委員会を作りたい」と組織を作り変える構想を説明した。
◎「箱物以外の百周年事業をどう推進するのか」
「どういう考え、フィロソフィーで行うかが問題」とし、「私自身はブラジル人と意識しているが、一世でもある。百周年は一世が最後に残す仕事だと思う。感謝の気持ちをブラジル国民に伝える」という。
「記念誌や祭典を通じて、日伯の親善に繋げる必要がある。議員連盟や経団連などとの連携を強化する」との抱負を語った。