戦前、戦後を含め、移民のなかに「職人」がたくさん健在だったのは、いつごろだったろうか▼いま、モジで篤志の人によって保存が行われている昔の茶工場カザロン・ド・シャーは、クギを一本も使わないで建築された。日本の大工の技術の粋だ。過去、盛んに建築された日本家屋の寺院は、いわゆる宮大工の手によった。いま宮大工はほとんどいない状態▼最近、しめ縄を綯(な)ったレジストロの〃しろうと〃の人たちの体験記を読んだ。最初、注文したのはパラナ州開拓神社。次いで、そのことを知ったリベルダーデ文援協。「うちにもぜひ」と依頼した。あの大阪橋の大鳥居を飾るしめ縄である▼レジストロの有志たちは、試行錯誤を重ねた。指導者はもちろん、手引きとか、まったくない中での作業だった。材料は十分でなくとも、ブラジル国産で「いける」といった状況だったと思われる▼最初、藁(わら)と芯にこだわり、糊を使ったり、麻縄できつく縛ったりもした。三度失敗。あきらめるより仕方がない、と思い、いやレジストロの名折れだ、と踏みとどまった。最後に藺草を導入、中太の中心部から両端に向けて縒りながら細くしたものを三本作り、その三本を縒って仕上げた▼昨年七月の大鳥居の落成式に納めたのは、貧弱で納得のいく品ではなかった。そこで正月用にはしっかりしたものを、と頑張り、太さ六〇センチのものを仕上げた。私たちが今見上げているのがそれだ。職人がいなくても〃芸〃が開発された例である。 (神)
05/3/16