グルメクラブ
3月4日(金)
昨年はトム・ジョビン十周忌、今年はシッコ・ブアルキが還暦を迎えた。ブラジルを代表する音楽家の節目の年が続いている。
ジョビンの本名はアントニオ・カルロス・ブラジレイロ・デ・アルメイダ・ジョビン。「ブラジレイロ」の一語をみつけたときは心躍った、と昨年このグルメクラブ欄「話題」に書いた。ブラジル音楽家の横綱にふさわしい名前をもっているとも述べた。
一方、幼少期をローマで過ごし、パリに一時亡命していたシッコは「ぼくの父はパウリスタで、祖父はペルナンブッカーノ、曽祖父はミネイロで、高祖父はバイアーノ……ぼくはブラジル人のアーティストだ」と、かつて歌っていた。
「ブラジル人とは何か」。社会人類学の泰斗、シッコの父親セルジオ・ブアルケ・デ・オランダはブラジルの国民性についての研究書を残した人物でもある。それにしても、ブラジル人というアイデンティティーが入植者らの間で広く意識され始めたのはいつ、どこで、だろう。
わたしの考えでは、十八世紀のミナス・ジェライス州だ。ゴールドラッシュで沸いた当時、オウロ・プレットは北南米一の都会だった。西欧留学で啓蒙思想に触れた富裕層の知識人らがポルトガル統治からの独立と自由を求めて反乱を企てたのは一七九二年のことになる。
そんな時代から生産を続けている、カシャッサの醸造所があると最近知った。オウロ・プレットから程近い、コロネル・シャビエル・シャベス市の醸造所だ。建物一部を解体したところ、「一七一七年」と彫り記された石が出てきたそうだ。ブラジル観光公社認定の、最古の醸造所だ。
造り手はルーベンス・レゼンジ・シャヴェスといい、その酒は「サント・グラウ」の名で販売されている。統制保証原産地呼称、略してDOCGとラベルに明記する。ワインの分類では一般的だが、カシャッサではこれが初めて。サトウキビの収穫年まで記述してあるのも珍しい。天然発酵で、熟成にはオーク樽を用いている。
実はパラチにも、同名カシャッサがあり、こちらは一八八三年来の、造り酒屋の伝統を受け継ぐマウリシオ・メロ氏が仕込んでいる。
どちらの商品も販売・マーケティングを手掛けるのはナチーケS/A。ダンス音楽フォホーを踊るときによく飲まれると、ずいぶん前に紹介した「シボキーニャ」(レモン、蜂蜜、シナモン、ハッカなどをカシャッサに加えて出来る酒)の普及に成功している新進企業だ。
「ロッキングチェアに揺られ続けた人のギネス記録が四百四十時間って知っていました?」「シボキーニャは、その四百四十時間揺れ続けたタイミングで飲んでもおいしい」――以前、このユニークな広告についても触れた。「サント・グラウ」の売り文句がまた凝っている。
「想像してみて、ペレとガリンシャをだけ集めたサッカーのブラジル代表チームを。想像してみて、ジョビンとシッコのみで編成されたオーケストラを。想像しました? 今度はこの酒が、逸品中の逸品を集めて丹念に仕上げられたと思い描いてみて。最高級のフランスワイン並みのこだわりでつくられたカシャッサです」
コロネル・シャビエル・シャベス産もパラチ産も、サトウキビ汁千リットルを蒸留したうち、その一番上質な百三十リットルが詰められているという「サント・グラウ」。わたしはベロ・オリゾンテの市場で十八レアル以下で買った。ブラジル音楽の両横綱「ジョビンとシッコ」に比されるような品なのに、値段は手ごろなのがうれしい。