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酒=秋風吹きぬける英国バー

グルメクラブ

2月18日(金)

  中学で三年、高校で三年、大学で四年と学んだイングリッシュだが、とても英米人の前で話せるレベルではない。たまに使う機会があると、どうしてもポ語が混じってしまう。
 八時のことを「オ」イト・オクロックというのはまだ愛嬌がある。エイトもオイトもあまり大差ないから。だが、過日の間違いは笑えない。年齢を聞かれて、サーティと答えようとしたところ、口をついて出たのはトリンティ。英語学習十年の成果がこれではあまりにも情けなかった。
 しかし大学の先輩である森喜朗元首相はさらにヒドイ。某大国の大統領と懇談した席でのこと。「フー」・アー・ユーと真顔でいったそうです。常識的にはハウ・アー・ユーでしょう。よく国際問題に発展しなかったもんだなあ。で、先輩の一件以来、一国の主からしてその程度ですし、と自分の不勉強を棚に上げて開き直っている。
 先日、サンパウロ市ピニェイロス区に約四年前に建設されたセントロ・ブラジレイロ・ブリタニコを訪ねた。英語で話しかけられたら、ボディ・ランゲージでコミュニケーションするつもりでいた。まず入り口で警備員に向かって、大げさにハーイと手を上げた。一瞬苦笑いしてハーイと返してきた、バスケットボール選手のような体格の黒人男性は語った。オレはここに勤務してはいるが、いまだイエスとオーケーくらいしか話せないぜ、ハハハ。わたしは愁眉を開いた。
 同館には室内と屋外にバーがあり、本格的なレストランもある。イギリス人がグルメに無頓着だというのは、多分フランス人の作った意地の悪いジョークだろう。ブラジルのイギリス文化センターでさえ、こうして三つの飲食スペースを設ける気の配りようだ。 室内のバーは落ち着いた感じのパブ風。新聞雑誌、書籍も置いてあり、ベージュ色の石壁にはイエーツか誰かの詩文が刻印されている。丸いランプ傘の中に、三つの異なる大きさと明度の電球を配した照明器具も珍しい。安らぎ空間を演出するための計算に過不足はない。本国に習って椅子の足が極端に長い。日本人が格好よく座るのは難しいかもしれない。
 屋外のバーは板張りの床が甲板をイメージさせる。いわゆるデッキバーだ。いずれのバーも「ドレイク」といい、英雄的船長の名前にちなむ。デッキバーの方は、イギリス流の自然風景式庭園に面し、庭園内にもテーブルが並んでいる。ベイジャフロールがさえずる。ススキに似た植物が風に揺れる。自然岩の合間を絶えず水が流れ落ちる。池に枯葉が浮かぶ。秋近し。

 吹きぬける秋風の吹きぬけるままに(種田山頭火)

 イギリスのビールは上面発酵のエールタイプが主流。褐色や赤銅色で苦味が効き、フルーティーでもある。口当たりはクリーミー、炭酸はきつくない。ここのバーではドライ・ブラックホーン、オールド・スペックルドヘン、ビーミッシュの生をそろえ、缶入りはアボット、イパなど五種見当たる。オーストラリアの赤ワインも充実。代表的なブドウ品種であるシラーズの濃く強いスパイシーな風味を試したい。
 料理はスープ、インドカレーがそれぞれ三、四種。サンドイッチ、ハンバーガー、サラダなどもバリエーションに富んでいる。オーストラリア人シェフが得意とする、赤ワインで煮込んだ子羊のひき肉が詰められたパイもいい。さすがは七つの海を制した大英帝国。料理文化の幅は広い。
 移民百周年事業として、日伯総合センター建設を目指す動きがある。仮に実現するとして、その館内に本格的なバーが営業したりするだろうか。出来るとしたらどんなバーが良いか。自国の文化を上手くアピールしている「ドレイク」には学ぶ点も多いと思う。
 センター建設を推進する百周年祭典協会理事の代わりに視察したといっては恐れ多いが、英伯センターのバーをここに点描してみた。

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