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特に医療の限界知る=”患者への愛”を説く森口医博

新年号

04年1月1日(木)

 森口幸雄医博は一九二六年、東京生れ。慶応大学医学部卒業後、清泉女子大教授などを経て一九七〇年、リオ・グランデ・ド・スール・カトリック大学の招聘を受け来伯。JICA支援のもとで同大学に設立された老年医学研究所の初代所長に就任し、現在に至っている。
 「研究所でのプロジェクトは動脈硬化、高血圧、骨そしょう症などの総合的研究。遺伝と予防、長寿の生物学、統計学にも取り組み、この間、南伯各地方の巡回診療というフィールドワーク的活動もあって、あっという間の三十年余でした」と、森口所長は笑う。
 南米に初めて設けられた老年医学研究の「象牙の塔」をめざす国内外の研究者、医学生は引きも切らず、これまでラ米全域、アフリカなど二十三ヵ国八百九十人が森口医博の薫育を受けている。
 老年医学とは、成人病と呼ばれてきた、中高年層の罹りやすい生活習慣病―がん、心臓病、脳卒中、高血圧、動脈硬化、成人性糖尿病、老人性痴呆、骨そしょう症などについて研究する医学だが、まだ開発の始まったばかりの分野といえなくもない。例えばがんはいまだ制圧されておらず、アルツハイマーの解明も同様だろう。
 これらの病理・臨床研究、治療法が画期的に進んだとしても生老病死ー、いずれ人は死の床につく。医師とくに老年医学やホスピス専攻医師には、黄泉の国へ旅立つ患者をどのように見送るかも大きな課題としてつきまとう。
 老年医学を志す医師に比較的ベテランが多いのは、こうした理由からもうなずける。森口所長も学生には、単なる技術者にはなるなと説いているという。いまわの際にある患者から「ありがとう」の言葉をもらってこそ、一人前の医師であるということかもしれない。
 「医師は時に、おのれの無能と限界を思い知らされる。人知のおよばぬ先にあるのは、愛だろう」と森口所長はみる。重篤な患者ほど医師には弱い。医師の片言隻句も聞き逃すまいと耳をすまし、その表情を探る。何か重大な意味をもつ言葉、しぐさではないかとー。こうした患者には、医療技術を越えたところで愛情をもって接することが大切なのだと、森口教授は温容な表情に笑みを浮かべて語った。