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話題「ホットドッグのサンパウロ流儀」

グルメクラブ

9月10日(金)

  ついに焼きそばの時代が本格到来するのか。パウリスタ通りで中国人が屋台を構え始めたとき、そんな予感にとらわれた。もう二、三年前のことになる。
 焼きそばの台頭が見られる以前、サンパウロの屋台業界のレース展開は緩みきっていた。先頭集団はパステル、ホットドッグ、シュラスキーニョで、併走状態。ハンバーガー、茹でトウモロコシ、シュラスコ・グレーゴ、タピオカのクレープ、アカラジェらが続いたが、トップ組を追いかける意気込みはなく、のらりくらり商売していた。
 で、街中に漂っていたそのテンションの低さを一気にヒートさせたのが、焼きそばだ。路上に登場してから、瞬く間に幅広い市民を魅了。ぬるま湯につかっていた業界再編の革命児として勢力を拡大し、屋台レースの引き締め役を担っている。焼きそばは、路上のスナックというよりレストランの一品料理。豪華度では群を抜くからなァ。
 このまま、焼きそばが快走を続ければ先頭グループの仲間入りする日も近いか。いや、克服すべき欠点は案外多いと気づく。なにより、調理に時間がかかるのがウィークポイント。一度に大量の客をさばけないのはファストフードとしてはマズイ。パステル、シュラスキーニョも、完成に相応の時間を要してしまうのが玉にキズだ。屋台に集まる多くの客は「早い、安い、旨い」の三拍子を要求している。その点、ホットドッグはすべての条件を満たすのではと思った。食後の満足感でも、サンパウロ風ホットドッグなら焼きそばにも負けていない。
 基本はもちろんパン、ソーセージ、ケチャップとマスタード、でも、そこに、コーン、グリーンピース、マッシュポテト、ポテトチップ(バタタパリャ)、刻んだトマトやタマネギの酢漬け(ヴィナグレッテ)、果てはチェダーチーズ、カツピリチーズが加わったりするのが、サンパウロ風。ソーセージが埋もれて見えないくらい具だくさん、口まわりを汚さず食べ切るのに一苦労する。
 名物屋台を知るには、バイク便の兄ちゃん(モトボーイ)に聞くのが手っ取り早い。始終市内を駆け巡るのが仕事の彼ら。フットワークを生かした嗅覚は鋭く、仲間内での情報交換も充実している。ほかに、指標となるのは、学生街にあるかどうか。サンパウロ大学やカトリック大学の屋台は有名。「スーパー・ホットドッグ」(大学都市内トラヴェッサC、競技場前)と「ホットドッグ・ド・セルジーニョ」(モンテ・アレグレ通り、構内入り口前)で、たびたびマスコミで紹介される。「フェイラ(青空市)のパステル」、「学生街のホットドック」と言ったところか。 
 流儀。ホットドッグほどその言葉を連想させてくれる屋台の食べ物も少ない。好みは各人で千差万別。「ケチャップ抜き、マスタードのみ」とか、「ソーセージの味わいを損なうからバタタパリャはいらない」とか。かつて一度、「ソーセージを抜いてくれ、ほかの具は全部入れて欲しいけど」と真剣な顔で注文している男性を目撃したことさえある。これもそれも彼らの流儀なのだ。
 ホットドッグの歴史の元を辿れば、原型はダックスフント犬のように長いソーセージをパンに挟んだだけのきわめてシンプルなもので、ごちゃごちゃ今様に私的な流儀の入り込む隙間などなかったのは確かだ。ただ、起源には諸説あり、一八六〇年にドイツ・フランクフルトで誕生アメリカに渡ったという具体的なものから、アメリカのドイツ移民が二十世紀初頭に作り始めたという大雑把な話までさまざまだ。
 そして後年、大リーグ観戦の合間に手軽に食べられることで人気を呼び、「ダックスフント・ソーセージ」などと呼ばれるようになると、新聞漫画で、犬の絵が描かれ、「あつあつ(ホット)のドッグを食べよう!」と言葉が添えられた。これを契機にホットドッグの名前で親しまれるようになったとされる。
 とウンチクに疲れたところで、市内の老舗で試食。原点を思い出させてくれる素朴な味わいは、かけがいのないものだった。サン・ベント街344「カフェ・アルハンブラ」。今年で六十五年の年季を刻むホットドッグの作り方はこうだ。
 大量のマスタードが入った容器の中に、茹でたサジア社製ソーセージをさっと浸して、小型のフランスパンにはさむ。ヴィナグレッテを大量に盛り、マヨネーズを塗り込んで、コンプレット(完全版)。余計な混ぜ物一切なし、ピュアなパウリスタ伝統の味だ。そばに本社を構えるヴォトランチン・グループ会長がファンを自称、歴代州知事が通った逸話が残る。
 サン・ベント街487「ペドリーニョ」も雑誌などで取り上げられる店。ゴマ付のバゲットと、充実・満載の具もさることながら、剋目すべきは細長に設計されている珍しい店内だ。まさに隣人と肩寄せ合うホットな空間。ウナギの寝床のような、いや、まるでダックスフントの犬小屋を模したようだ。一人で食べる機会が多いホットドッグ。都会の孤独を感じずに済む配慮には大拍手だ。

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