ホーム | アーカイブ | 「Sobe! 雲になった気分で食事を」

「Sobe! 雲になった気分で食事を」

グルメクラブ

7月9日(金)

  なぜ、みんな嬉々として高い場所に上りたがるのか。飲食するに際しても見晴らしの良いレストランとか、スカイラウンジが尊ばれる風潮が一般にある。個人的にはへそ曲がりのモグラ志向、地下や路地裏のバー、クラブを好むので、世間の通俗的な騒ぎにはいささか抵抗を覚えていた。
 そんな折り、ジョルナル・ダ・タルデ紙が毎週金曜日発行するレジャーガイド「divirta・se」を手に取った。まだ創刊されたばかり、スタートダッシュの勢いのある冊子は見出しからしてノッテイル。二日号の表題は「Sobe!」。〃スパイダーマンの視点でサンパウロを楽しもう〃と謳う。
 ハリウッド映画「スパイダーマン2」のブラジル公開に合わせた企画。警戒心が先立ち、「高ければ高い方がいい」とする扇動の仕方にすんなりと同意できなかったが、取材は充実している。旧市街ビルの九階・二十㍍から、標高千百三十五㍍のピッコ・ド・ジャラグアーまで、「スパイダーマンのような能力を持たなくてもサンパウロを高所から見渡せる」場所を一挙紹介し読者の好奇心をくすぐる。
 恋人同士でしっぽり過ごすなら、夜の帳が下りた頃、ブリガデイロ・ルイス・アントニオ通り「スカイ」へ。大竹ルイ設計によるホテル・ウニッキ八階、パウリスタ通りやイビラプエラ公園の夜の顔を満喫できる、プールサイドのバーだ。ウオッカ、ブルーキュラソー、生イチゴ、シャンパンで作られた特製カクテルの名も「スカイ」。頭上の星空を眺め、フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(わたしを月まで連れていって)。そんなロマンチックな気分に浸れる。
 仕事帰りのハッピーアワーにうってつけは「ザ・ビュー」。パウリスタ通りそば、アラメダ・サントスに建つビル三十階は高さ約百㍍。ドリンクは勿論、酒菜類も充実する。生演奏のジャズと、高級住宅街ジャルジンス区のまばゆいばかりの光景に心ときめく。
 旧市街には「スイスとイタリアの風味が染みた展望がある」。現市庁舎の前、オットン・パラセ・ホテルの創業は半世紀前。その宿帳には歌手のナット・キング・コール、日本の皇族ら名だたる世界の著名人が名を連ねているが、時は巡り、いまのホテルは斜陽。しかるに、二十五階にあるスイス料理レストラン「シャレー・スイッセ」に漂う風格は色あせていない。八十五㍍、足元にイルミネーションで輝く市立劇場、遠くにかすむ街外れの灯火だって確認できる。ガラスとコンクリートの〃アルプス〃で食すチーズ・フォンデューは、自然の中とは別種の趣がある。「イタリア」は言わず知れた、イピランガ通りのテラッソ・イタリア。百六十㍍の絶景はゴージャスの一語。宝石箱をひっくり返したようなサンパウロの夜が、眼下に広がる。
 手垢にまみれた記事も見当たるが、高層ビルの窓ガラス清掃を仕事とする男性や、ビルの窓から人命を救助したことのあるボンベイロへのインタビューを併記。単なるガイドに終わらない、エスプリの効いた誌面に作りに、いつしか好感を覚えた。
 サンパウロ証券取引所(BOVESPA)ビル九階のレストラン「La Bourse」を紹介しているあたりもうならせる。エレベーターを降りるとまず調髪ルーム、そして十一月十五日街を見下ろせるバーが続く。レストランはその奥に。クラシックな内装、落ち着いた空気には品のいいフランスムードが香る。それでも、日替わり〃エグゼクティブ〃定食で二十三レアル前後と値段の方はいたってリーズナブル。
 バーに設置された電光表示板が常に市場情報を伝えているのが面白い。階下で億単位の取引きが行なわれていると思うと足の裏がムズムズする。そうか、ビルの上階にあるレストランの人気の秘密は、見晴らしが良いためだけでなく、足の裏で一千万都市の胎動を実感できる稀有な体験にあるのか。とりわけ、証券取引場の上にいるなんて、スリリングだよなぁ。
 目先の効いた内容が期待できる同誌。是非、「地下に降りる!」「路地裏に迷う!」なんてテーマも取り上げてもらいたい。

Leave a Reply