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日本文化の伝承を考える(20)=活動としての文化伝承(2)人間関係の文化

3月17日(水)

  演劇では演出家の意向に従って役者が役を演ずる。この方式は日本の伝統芸能になく、西欧の文化によってもたらされたものである。和太鼓の指導者によると、ブラジル人は一見太鼓をたたくのに向いているように思えるが、和太鼓のチームには和が必要で、その点日系人の方が向いているという。演劇において、演出家が演出するといっても役者間にチームワークというものが必要であろう。また、和太鼓においてはチームの和によって演奏がなされるといっても、チームをまとめる指導的役割を果たす人がいる筈である。
 日本の文化を伝承するということで、和という人間関係を伝承しようとする考えがあるとする。しかし、ブラジル文化のなかに和が必要であれば、それはブラジルの文化規範の論理によって和を生み出す人間関係の必要性を説明できる筈である。
 現在のブラジルはモザイク状の文化多元主義であるという。モザイク状といえどもブラジルの文化規範となるには共通項がなければ、文化規範として存在し得ない。そして移民してきた日本人がブラジル人の一員となるには、この共通項を受容していなければならない。どのような文化規範をうけて育った人でも、自分の身に付けた文化規範を完全に放棄するなどということはあり得ない。ブラジルにいる日本人にとっては、どこまでブラジルの文化規範に譲歩できるかの問題である。二世、三世(ブラジル人)が日本文化の伝承を考える場合、これとは逆で、他の文化に対しブラジル文化はどの程度の包容力を持っているかの問題である。
 二世が日本文化を受け継ぐのは、ほとんど子供が学校教育を受ける以前、家庭内である。その後、子供が成長するに従い、学校に行くようになり社会のなかでブラジルの社会規範を身に付けて行く。つまり日本の「人間関係の文化」伝承は家庭内教育によってなされるといっても過言ではない。ここに組織や団体が活動として「人間関係の文化」を伝承する難しさがある。
 「異なる文化を知らないものは、自己の文化も知らない」という。異なる文化を知ることの重要性を述べている。二つの文化を経験させる教育というのがある。異なる文化があることを、身をもって教えるというのなら理解できる。異なる文化との付き合い方を考えさせるというのなら理解できる。しかし同一人格の中に二つの文化を同等に持つというのは考えられない。どちらか主でどちらかが従である。
 ブラジル社会が持つ最も基本的な文化規範に対応する日本文化の伝承は、例え日系人家族の中で育っても、不可能である。つまりイエ社会の人間関係、敬語の使い方に現れる上下関係、能力差をできるだけ押さえようとする集団内の働き、これらの日本文化における特徴は伝承が不可能と考えてよい。(中谷哲昇カザロン・ド・シャ協会代表)