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日本文化の伝承を考える(11)=自分を指す言葉=相手を指す言葉

2月14日(土)

 言語学者・鈴木孝夫によれば、日本人の自分を指す言葉、相手を指す言葉の使用に関して実に見事な規則性があるという。この規則性を基本的に支えているものは、目上(上位者)と目下(下位者)という関係概念である。家庭内で使われる親族間の自分を指す言葉、相手を指す言葉の使い方にどのような規則性が見出されるかを説明するため次の図を引用する。
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 「自己の分割線」より上の者に対するとき
 相手を指すとき:親族名称しか使えない。
 自分をさすとき:親族名称が使えない。
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 「自己の分割線」より下の者に対するとき
 相手を指すとき:親族名称が使えない。
 自分をさすとき:親族名称が使える。
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 私は男ばかり5人兄弟の4番目に育った。1番上の兄には「おっき兄ちゃん」、2番目の兄には「ちっこ兄ちゃん」、3番目の兄には「….兄ちゃん」と名前を付けて呼び、弟には名前のみであったり「….ちゃん」と名前の一部を付けて呼んでいた。
 子供は、母親を「おかあさん」と言ったり、祖父に対し「おじいちゃん」と親族名称を使い、「あなた」などの人称代名詞で言うことはない。兄弟の間では弟に対して「おい弟」とは言わないし、母親は娘に対して「あなたどこに行くの」と言えても「娘どこに行くの」とは言わない。 また母親は娘に対し自分のことを「おかさん」と言い、娘は母親に対し自分のことを「娘」とは言わず「わたし」とか自分の名前を使って言う。従って父母、祖父母、兄姉、「おじ」「おば」などの概念を含む言葉は、自分を指す言葉として使えるが、子、孫、弟、妹、息子、娘、甥、姪、などの概念を含む言葉は、日本語では自分を指す言葉とはならない。この目上目下を基本概念にした言葉の使い方の構造を示したのが前記の図である。これらは原則で特殊な状況では例外も存在する。
 以上、家庭(親族)内の目上(上位者)と目下(下位者)という関係概念を基本として使われる言葉を説明してきた。この親族内の対話に見られる自分を指す言葉、相手を指す言葉の使い方は、ほとんどそのまま家族外の社会的状況にも見られる。
 日本語においては、自分及び相手を指す言葉は、相互の上下関係を確認しながら相手によって使い分けられている。これはインド・ヨーロッパ語族などと較べればかなり複雑であるが、そこには一貫した原則が見られる。しかもそれは社会的状況においても、家庭(親族)内の使用形態が基本的なものと考えられる。(中谷哲昇カザロン・ド・シャ協会代表)