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日本文化の伝承を考える(10)=自分を指す言葉=相手を指す言葉

2月11日(水)

 日本では父親、母親が家のなかで子供と話をするとき、父親の場合自分のことを「おとうさん」とか「パパ」、母親の場合「おかさん」とか「ママ」と言う。甥や姪と話をするときは自分のことを「おじさん」とか「おばさん」と言う。また、祖父は孫に向かって「おじいちゃんが、ちょっといい物あげよう」などと言う。学校の先生は、生徒に向かって自分のことを「先生」と言う。日本語では自分を指す言葉は、話し相手によって様々に変わる。
 これは話し相手を指す言葉についても言えることで、学校の先生や会社の上役と話しをするときは、相手のことを「先生」とか「部長さん」などと言う。職業が分っている場合は「八百屋さん」「電気屋さん」とも言う。初対面の人で、相手との関係が明確に出来ない時「お宅」などとも言う。また家庭内では「あなた」「おまえ」「きみ」といった人称代名詞と呼ばれる言葉を目上の人に使うことはないようだ。社会の中でも目上の人に使える人称代名詞はほとんどない。
 日本人は、いつも相手が自分より上なのか下なのか、遠いのか近いのか、親しいのか疎いのかを考慮し、その条件のもとで相互の接触をする。そこで使われる自分を指す言葉、相手を指す言葉は、その条件によって変わっていく。そして日本人は会話の中で人称代名詞を使わないで済ませようとする傾向が強い。日本語では、自分を指す言葉・相手を指す言葉は、対話の場における自分と相手の具体的な役割を確認する機能を強くもっている。
 日本語においては、有史以来、自分を指す代名詞、相手を指す代名詞は時代を経て変化し、次々と目まぐるしいほど交替している。またこれらの代名詞は、もともと代名詞としてあったのではなく、常にもとは何か具体的な意味を持っていた実質詞からの転用である。
 中南米で使われているポルトガル語・スペイン語も含めた欧米のほとんどの国で使われているインド・ヨーロッパ語族では、話し手を指す言葉はいつも同一の言葉でポルトガル語ではEU、相手を指す言葉はVOCE(TU)である。これは自分と相手をはっきりさせる人間関係のとらえ方で、この語族に属するどの言葉にも共通する人称代名詞の特徴である。人間の行為の主体性、行為の原点を明確にし、相手は自分の行為の対象であり対立者であることを明示している。大昔はひとつの言語であったインド・ヨーロッパ語族では、時代を経て諸言語に分化しているにもかかわらず、何千年にも渡って同一形態の一人称代名詞が使われている。この事実は、この語族にみられる個を強調する考え方と無縁ではあるまい。(中谷哲昇カザロン・ド・シャ協会代表)