2003年1月1日(水)
高倉氏の参院出馬
ニッケイ新聞社などが加入する海外日系新聞協会の会長でパラグアイ日系ジャーナル社社長の高倉道男さんが、日本の参議院選への出馬を決め昨年初めから運動している。次の参議院選挙は、たぶん来年六月。まだ先のことだが高倉さんは故郷の大分県で街頭に立ち、母県民に海外移住者や日系人に対しての理解を求めた。県民たちは多少の好意こそみせたものの、それ以上の関心は払ってくれなかったという。「皆さん、ピンとこない表情であった」と。
有権者へのメッセージ
パラグアイへ戻る途中の昨年八月、サンパウロに立ち寄った高倉さんは、母県有権者の反応ぶりを説明するとともに、新聞協会の会員仲間である本社関係者や在伯有志に改めて協力を求めた。
なぜ、母国の有権者たちはピンとこなかったのかー。高倉さんから依頼を受けて在伯関係者は考えた。まず断言できるのは、海外日系人二百五十万人といっても、日本人にとっては関心のきわめて低く予備知識にも乏しい存在であることだ。自身が思い入れるほど国内の人々は、海外移住者を特別視していないだろう。それだけに在外選挙権や老齢年金、在外被爆者問題などを掲げて母国民に訴えても、問題が発生していること自体への認識がほとんどなかったにちがいない。
では移住者や定住者、二、三世が、つまり日系人として、どのようなメッセージを送れば日本の人々から積極的な反応が得られるだろうかー。在伯仲間の論議はこのあたりに絞られた。
日系人は日本の資産
南米日系人に関していうなら、最近でこそ出稼ぎ者などを通じて日本人と少しは身近なスタンスを取り出したが、日本民族の支流としてはごく細い流れにすぎず従来、あまり注目される存在ではなかった。この細流集団に価値を見いだした一人が当時、東大教授の中根千枝女史であった。少し以前のことだが、海外移住審議会の答申で中根教授は、「日系人は日本にとってきわめて有益な在外資産」と位置付けている。この「中根評価」は一部でながら、関係者の間に大きな反響を招いたものだ。
はからずも、すべての海外日系人は日本の国家戦略上、重要な在外資産となった。たしかに活用しだいでこの人的資源は、日本にとって大きな力を発揮し得るだろう。付加価値を高めるほどに貢献の度合いも増すはずである。中根教授もそのあたりを指摘し、移住者援護や日語教育普及のための助成、文化事業などへの支援の拡大継続を具申している。つまり付加価値をつけるほどに、語弊をおそれずに言えば、日本に対する見返りも大きくなろうというものである。
例えば、日系人にとって、居住する国々で一般市民をより親日的にさせることは、難しい課題ではない。国際化を避けて通れぬ貿易立国日本には、相手国との経済交流を円滑に促進する上で、地元日系人が橋渡し役として適任であろう。また日本文化の海外伝播というテーマについても、日系人は継承の先兵としてうってつけの立場にいるといえる。
こうした考え方を推し進めてゆくと、どのようなメッセージを母国の有権者に送れば効果が上がるかが明確化する。結論から言えば、在外日系人と強く手を携え合うことで日本は、経済分野や文化・人的交流、各種の支援活動なども容易にかつ効率的に展開できようというものである。高倉さんがこのあたりに軸足をおいた論法で有権者に臨んだら、訴求効果はかなりあったのではないかと仲間の意見は一致した。
出馬するからには、少しでも当選の可能性を見いだしたい。しかし在外有権者の票だけに頼っていては、とても当選はおぼつかないだろう。日系人の利益代表の立場に立ちつつ日本の有権者の支持を取り付けるには、これからの日本の在り方を具体的に描けるような政見を持ち、母国の有権者を説いてゆかなければならないだろう。
無に等しい日系人対策
在伯有志の考察がここまで進展した段階で、高倉さんの選挙作戦はひとまず措くことにした。在外日系人は母国・父祖の国のためどのようなことをなし得るのか、同時に日本は日系人に対して何をなすべきかについて、これまで両者が利害損得論をもからめて議論を闘わせたことがなかった事実に気付いたからだ。移民史研究家や日系団体関係者らの間でわずかに研究発表、提言がなされていた程度で、互いに何をなすべきかの突っ込んだ検討作業は行われておらず、とくに日本は国家的戦略としての日系人対策など講ずることもなく、多分に情緒的支援にとどまってきた。
このように日本対日系人集団の構図を描く中で実は、日系人は居住する国々ため何をなすべきかという、より本源的な命題に仲間の考えは突き当たってもいた。高倉さんに選挙協力する上で、このことこそ最初に整理しておかなければならない問題であった。
所属する国への貢献を
日系人は居住する国で、日本民族をルーツに持つ者とて何をなすべきだろうかー。それは例えば、社会開発に参画できるような有為の人材を開発の現場に送り込むことでもある。ブラジルの場合では、それぞれの民族の優れた資質と文化を受け継いだ市民たちが開発に参画できるのであり、ここでは、日系市民は日本の精神文化や慣習、美質などを文化の醸成現場に持ち込むことによって、移民が築いたこの国の融合文化をより大きく開花させるための役割を担えるだろう。つまり日本によって、在外資産としての付加価値を高められるほどに、日系人とその集団は、実は所属する国の社会の発展にも大いに寄与できるという両面での特長のあることを見逃せないのである。
こうした、日本との関係強化、親密化をはじめ日系社会での様々な活動を仮に「日系人運動」と呼ぶとすれば、運動の最終目標というか目的は”その国における優れた市民になる”ということであろう。一人ひとりの日系人がこの運動を自覚し盛り上げてゆくことによって、この国の発展にさらに貢献できるはずだと、仲間の意見はこのあたりで暫定的結論に達した。
高倉さんの立候補も実は日系人運動の一環といえよう。われわれ在外日系人は、何のために高倉さんを応援するのかを考えた時、実は以上に述べてきた事々を踏まえることによって協力に意味付けができるのではないか。新しい一年を過ごすにあたって、この日系人運動の意義と実践の在り方を読者とともに考えてゆきたい。