10月11日(土)
サンパウロ博物研究会(越村建治会長)の橋本梧郎さんは九十歳にして、ますます元気だ。日本から橋本さんを頼ってくる学者・研究者は後を経たず、年とともにますますその存在感を深めている。今年八月に前立腺の手術をして克服、昨年から新しい著作の出版準備も始めている。そんな橋本翁にここ数年の仕事ぶりを聞いてみた。
現在、準備中の新著のタイトルは『南米有用植物事典』。前作はブラジル産薬用植物に限ったものだったが、今回は南米全体とさらに意欲的な構想だ。すでにカード整理はできており、「少なくとも一千種類を盛り込む」と語る。
一九九九年十月には、ダーウィンが進化論の着想を得たことで有名な、独自の生態系を持つガラパゴス島へも調査へにった。「わしもおどろいたな、あそこには」と開口一番。「近づいても、鳥が逃げやせん。人間が怖いことを知らんからな」と驚いた様子。全体の四割はこの島にしかいない植物で、独自の進化をしているそう。
〇一年正月には、パタゴニアへ調査に。チリとアルゼンチンにまたがるサバンナ地帯で、特殊な植物があって興味深いそう。最南部のウシュアイアでは「生きてる木に生えるキノコがあった」という。通常キノコは枯れた木にしか生えないが、ここでは地域特有の南極ブナに生えているそう。「食ってみたが、まずくはないが、味がないな」とのこと。
しかし、橋本翁が最も注目している地域は、ブラジル北部とベネズエラにまたがるギアナ高地。「植物研究の上では、最後の秘境だ」という。地面から切り立つ絶壁の上にテーブル状の大地があり、その上には下界とは隔絶された独自の生態系が確認されている。ベネズエラ側からは旅行ツアーが入れるが、ブラジル側からは二十年前に空軍が調査したきりだという。六割の植物が独自の進化をしており、「未発見植物が相当ある」という。
九六年に日本のアボック出版から出された『ブラジル産薬用植物事典』は二千百七十七ページの大作で、二千百六十八種のブラジル産植物と七百八十八種の外来植物が紹介されている。
貴重な薬草が豊富に紹介されていることから、日本では七万二千円という高値で販売されているにも関わらず好評で、すでに第二版が増刷された。ブラジルでは格安の五百五十ドル、博研(電話11・6521・3911)で発売中。
サンパウロ市イタケーラ区に九七年に完成した現在の研究所には、橋本翁が六十数年かけて南米大陸各地で採集した十五万点が、百十七番まである大型ロッカーに納められている。百一番目までは整理が終わっており、すでに十種類近くを新種登録した。今後さらに幾つか発見されるだろうという。
静岡県小笠郡出身、二十一歳で移住した橋本翁も来年で渡伯七十年を迎える。今年八月に前立腺手術をした。最初は薬草による治療をしていたが、かんばしくなく、病院で薬物に切りかえたが好転しなかった。医者は橋本翁が高齢のため手術には危険が伴うと当初賛成ではなかった。しかし手術後「今じゃ、すっかりよくなった」。病を乗り越え、ますます意気軒昂の橋本翁の活躍に期待したい。