9月24日(水)
農学博士、樹木の専門家の苅住□さん(七六、千葉県在住)が、日本の剣道専門誌『剣道日本』に、ブラジルの剣道について何回か書いている。穏やかな筆致で、異国の剣道の周辺を愛情でつつむように紹介。苅住さんは、剣道・居合道教士七段。JICAの専門家として八四年から二年間ブラジルでプロジェクト「森林と水」に参加、それから約十年後に剣道指導で南米四カ国を訪問、昨年、最初の渡伯から数えて十八年ぶりに、剣道で知り合った人たちに会うため再々来伯を果たした。
同氏がこれまで専門誌に書いたのは、表題が「ブラジルの木でできた木刀は世界最重量」「ブラジルの木で作った木刀で形を打つ重み」「約六十年間剣道を運び続けたブラジル移民船」「樹木が長い時間をかけて成長するように剣道も居合も長く続けていきたい」「ブラジル剣道、居合道見聞記」など。
世界で最も重い木というのはブラジル紫檀である。比重は1・33、水に浮かばず沈む。黒檀が1・18、鉄刀木(たがやさん)1・12。実際の木刀の重さは苅住さんは持っているアカガシのが556グラム、ブラジル紫檀のは782ブラムで、1・4倍だ。苅住さんは、最重量のブラジル紫檀に魅せられ、木刀を追いかけてパラ州ベレーンまで飛び、ようやく木刀づくりの人を探し当て、木刀と刀掛けをつくってもらった。
サンパウロ市のグロリア街で、剣道八段の藤原浩雄さんと、藤原さんの経営するビルの屋上で剣道形と居合の稽古をしたことがある。使用した藤原さんの木刀はブラジル紫檀、苅住さんのはブラジル蘇枋(すおう)木(比重1・10)。木刀が触れ合うと澄み切った金属音がしたという。軽い材のシラカシやアカガシでは味わえないブラジルの音だった。
六十年間、日本から剣道を運び続けた、というのは、笠戸丸を嚆矢として、以降、各移民船に剣道関係者や諸道具が積み込まれ、ブラジルに運ばれたという意味だ。笠戸丸船上で、香山六郎(自由渡航者、のち邦字新聞発行者)が愛媛警察出身で武徳会剣道二段の芳賀徳太郎と立ち会ったことが、香山の記録に残されている。
ブラジル剣道の草分けとされる菊池英二教士八段が移住したのは一九二六年だった。菊池は昭和初年から熱心にブラジル各地を回って剣道を普及したという。戦後の六〇年には、その功績が認められてパウリスタ・スポーツ賞を受賞した。〃最後の剣道〃を運んだのは一九七一年のぶらじる丸だった。船による移住がなくなった、の意だ。
苅住さんは当初、樹木の専門家として来伯したのだが、ブラジルでは剣道のお陰で仕事以外の友人、知人の輪が広がった。「(森林関係の仕事をやってきたので)マレーシアやインドネシアにも短期出張で随分行った。でも剣道は日系人の多いブラジルが一番盛んでしたね」。
ブラジルがすっかり好きになった苅住さんは、最初の来伯から十年ほどして、以前居合を教えた岩佐アウレリオ・タケシさんとブラジル剣連の招きで一カ月間、ブラジルはじめペルー、チリ、アルゼンチンを指導して歩いた。昨年の訪伯は三度目。ブラジル剣道、居合道見聞記は、帰国後書かれ、ブラジルの剣道の現状が細かに紹介されている。ブラジルの剣道がかわいくてたまらない、という雰囲気が、行間ににじみでている。