9月11日(木)
果樹品種研究家で「イタリアぶどう」の栽培技術の確立に成功した臼井晋さん(九二、栃木県出身)が生活困窮者としてサンパウロ日伯援護協会(和井武一会長)の保護を受け、今月六日、特別養護老人施設、あけぼのホーム(グアルーリョス市)に入った。臼井さんは九五年より、隣に住む青柳勇さん(九〇)、綾子さん(八〇)夫妻と同居していた。同夫妻も高齢で介護が不可能になった。援協は入居費を工面するため、ぶどう生産者を中心に広く、協力を求めていく考えだ。
九日、午前七時すぎ。あけぼのホームの食堂で朝食時間が終わりかけようとしていた。
窓際で車椅子に腰掛けている老人の姿があった。右手を包帯で巻き、左手で哺乳瓶を持ち、じっと宙を見上げていた。「イタリアぶどう」の生みの親、臼井さんだ。
担当職員によれば、衣服の着脱、入浴、食事など生活のすべての面で介助が必要。痴呆はなく、相手の話をきちんと理解出来る。
ただ、高齢な上、入れ歯をしていない。そのため、簡単な会話は交わせるが、込み入った内容になると、中々、言葉が出て来ない。
こちらが来意を告げると、人の良さそうな笑顔を浮かべて、握手を求めてきた。
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臼井さんはフェラース・デ・バスコンセーロス市に土地千平方メートルを所有、生活の場にしていた。一九九五年七月に妻、静子さんを亡くし、子供の無い臼井さんは、独居老人となってしまった。
隣に居住していた青柳さん夫妻が救いの手を差し伸べた。同夫妻は同じ栃木県出身。さらに四十年来の友人で快く、一室を提供。勇さんの弟、弘さん(故人)を含め高齢者四人の共同生活がスタートした。
それから間もなく、ある非日系人が臼井さんに不動産の売却を持ちかけ、住宅、土地は人手に渡ってしまう。
綾子さんは「価格がいくらだったのか分かりませんが、おじさん(臼井さん)は人が良すぎたからね」と証言。詐欺事件であったことを暗に匂わす。確証はない。
臼井さんの部屋には、ベッドとタンスが置いてあるだけの殺風景なもの。あけぼのホームでの持ち物もほとんどなく、収入は年金の一最低給料だけだ。
ただ、山本喜誉司賞(六九年)のメダルやフェラースス・デ・バスコンセーロス市民証(七七年)の証書が往時の勢いを物語っている。
臼井さんは一年ほど前に、庭先で転倒、左足を痛めて寝たきりに。弘さんは既に他界していたが、勇さんの痴呆が進み、綾子さんが二人の介護に当たらなければならなかった。
綾子さんは三カ月前ついに、介護疲れで倒れ、妹方での静養を余儀なくされた。親族二人が、臼井さんを引き取ってほしいと、援協に相談した。
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あけぼのホームの月額経費は、一人あたり千八百レアル。竣工後まだ半年で、経営が軌道に乗っているとは言えない。
そのため、支払い能力の無い人の入居はできるだけ避けたい考え。「少なくても三最低給料は必要です」と竹村英朗ホーム長は話す。
臼井さんはブラジルの果樹栽培に大きく貢献したという理由で特別に入居が許可された。援協にとっては好ましいとは言えず、果樹栽培者などに協力を呼びかける。