8月28日(木)
【ポリチカ・エステルナ誌】メーロ国連特別代表の死によって米国はイラクに武力介入し、ルビコン川(シーザーが「さいは投げられた」と叫んで渡ったイタリアの川)を渡ったのだろうか。国連事務所前の爆発テロで建物が崩壊、特別代表はコンクリートの梁(はり)に大腿部を挟まれた。平和の使者は救助されるまでに出血多量で、その生涯を閉じた。
米国のイラク武力介入に最後まで反対の立場を採った国連であるが、テロリストにその区別はないようだ。テロリストが最近、大きな資金源を確保し聖戦の様相を強めたことで、メーロ特別代表はイラク人政府の即時設立が急務と叫んでいた。
ビンラディンがアフガニスタンとパキスタン国境の山岳地帯に潜伏していたとき、その隠れ家をインド洋の米軍艦隊へ密告した組織が同時にアル・カイーダへも連絡した。今隠れ家へ向けてミサイルが発射されたから、即時退去するようにと。この情報は、イラクやアフガニスタン問題に第三の組織が絡んでいることを関係者に暗示させた。
国連は安保理常任理事国に拒否権を与えることで、大事に至らず世界をまとめてきた。イラク進攻は国連のルールを無視して、ネオコン(新保守主義)が後押しをするブッシュ政権によって行われた。国連は東チモールで三十カ月の間に見事国づくりを成功させたメーロ特別代表を、事態収拾のためイラクへ送った。
同特別代表の外交能力と交渉力、説得力は、これまでの国連の機能限度を凌駕(りょうが)するものであった。現地に到着するとヨルダン、イラン、シリアなどの周辺諸国を精力的に奔走して支持を取り付け、イラク暫定評議会の結成合意にこぎつけた。イラク暫定政権の設立が大国のエゴにとどめを刺す手段と、同特別代表はみていた。
東チモールで同特別代表の右腕として活躍した米人ピーター・ガルブレイス氏は、米国流覇権主義の行使ではなく人の話を聞くメーロ特別代表の不思議な才能を評価した。今度はイラクを舞台に、EUを後押しする組織とネオコンの間でかっとうが起きている。この地域の地下に眠る石油の利権が絡んでいるからだ。ブッシュ政権がイラクで火中の栗を拾い、さらに中東和平へも手を出しやぶ蛇になったことで両組織が表舞台へ顔を出すようになった。
同特別代表がブラジル外務省入りを目指していた一九六九年、父アルナウド氏は軍政により外務省を追われ四年後、不遇の死を遂げた。同特別代表は外務省入りをあきらめ、国連へ入った。国連での勤務は銃弾の飛び交う中、首脳会議のために飛行場の間を走りまわり家族とくつろぐ時間はなかったと述懐した。
事故の一週間前ウオール・ストリート紙の記者に、イラク問題で米英連合軍と国連が平等に渡り合うことは難しいので、段階的に対話の場をつくっていくと同特別代表は述べていた。国連の権限を確保できれば、イラク人による暫定政府の設立も早いとみていた。
国連の切り札であった安保理常任理事国も、イラク進攻では米国の圧力でわきへ押しのけられた。しかし同特別代表はイラク問題は米一国で解決できないし、またばく大な費用がかかるから、安保理制度は元の状態に復帰するとみていた。武力行使で勝利は勝ち取れるが、平和は国際協力抜きにしてはできないと同特別代表は語っていた。
ブラジルの安保理常任理事国入りは、カルドーゾ前大統領も試みたが壁は予想以上に厚かった。そのためには第三国の結集という回り道をするしかないと思えた。しかし、それも現常任理事国の大きな抵抗が予想される。次期国連事務総長候補の死で国際政治への参加は、ブラジルにとって難しい課題となっている。