5月27日(火)
「臣道聯盟は、ブラジルの歴史を豊かにする貴重な逸話だ。私にとって、彼らは理解に苦しむ狂人ではない」。トレードマークの葉巻をくゆらせながら、パウリスタ大通り近くの高層アパートにある事務所で二十日午前、『Coracaes Sujos』(Companhia das Letras社、〇〇年)の著者フェルナンド・モライス氏(五六)は熱く語った。五万部売れればベストセラーと言われるブラジルで、同書は発売いらい異例の十三万部を売り上げ、翌〇一年度ジャブチ賞(出版関係で最も権威がある)のノンフィクション部門第一位にも輝いた。発売から三年――。この物語がブラジル社会に投げかけたものを著者にインタビューした。
「これはブラジルの歴史であり、ヴァルガス独裁政権下という歴史的文脈の中で読み解かれるべきストーリーだ。当時、検閲され封印されていたブラジル共産党の話と同じく、歴史の闇に埋もれていたリッコな(豊かな)物語だからこそ、広く読まれているのだと思う」とベストセラーになった理由を自己分析する。
終戦直後から日系コロニアは、神州不滅を信じる「勝ち組」と、敗戦を認識する「負け組」に二分された。勝ち組の一部に臣道聯盟が組織され、敗戦認識普及を図る負け組幹部らにテロ行為を働き、二十三人を暗殺、百四十七人の負傷者を出した、とされる。
いうまでもなくこの物語は、日本移民社会においては現在でもタブーであり、半世紀もの間、一世の間で封印されてきた。それゆえポ語化されることも少なく、二、三世世代でさえ知るものは少なかった。
執筆のきっかけは、〃マスコミ界の帝王〃と言われた故シャトーブリアン氏の生涯を描いた前作『Chato, o Rei do Brasil』(「シャトー、ブラジルの王」の意、Companhia das Letras社、九四年)の取材過程で、同氏の恋人だったある日系二世婦人にであったことだった。
彼女の父は臣道聯盟員で、監獄に入れられていたのを、シャトーブリアン氏に頼んで出してもらったというエピソードだった。モライス氏が「シンドーレンメイって、なに?」と質問を重ねると、同婦人はそれっきり語りたがらなくなった。「なにかある」。そう直感した。
「知り合いの日系人に片っ端から尋ねた。『シンドーレンメイって知ってるかい?』って。誰も知らなかった。僕にはピンときた。これは調べる価値があるってね」。
サンパウロ州議および州文化局や教育局長官を務めた経験から培った人脈を利用して、二年間かけて勝ち負けに関わる事件が起きた地域の官憲に残された史料を片っ端からあさった。その過程で、日系人四十六人を含む八十八人の関係者にもインタビューした。
「あちこちで『なぜ、おまえはそんなことを調べてるんだ』と訝しがられ、最初はなかなか話してくれる人がいなかった。でも、僕は説得したんだ。日系人がこの話を書けば個人的な人間関係の問題が生じることもあるだろうが、僕は〃ガイジン〃だから、逆にニュートラル(中立的)な立場で、物が見れるし書けるんだって」(深沢正雪記者)
■フェルナンド・モライス氏インタビュー=臣道聯盟がブラジル社会に問いかけたもの(上)=ブラジル史としての物語=非日系だから中立的に書ける
■フェルナンド・モライス氏インタビュー=臣道聯盟がブラジル社会に問いかけたもの(中)=勝ち負け事件は過去の話=「膿は早く出さないと手遅れに」
■フェルナンド・モライス氏インタビュー=臣道聯盟がブラジル社会に問いかけたもの(下)=独り歩きを始めた物語=01年の最高書籍大賞を受賞