4月3日(木)
【エスタード・デ・サンパウロ紙一日】昨年四月にブラジルが受け入れたアフガニスタン難民五家族のうち、三家族が帰国準備をしている。ブラジルの西洋的な習慣に順応することができず、給料の低さにも失望したという。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は数日後に、ポルト・アレグレ市発カブール行きの航空券を発行する予定でいる。
十五年間にわたってイランやインド、ブラジルなどを転々としてきた難民たちは、アフガニスタンにいる親戚とコンタクトをとり、帰国が可能になったことを知った。
技術専門家のアブドゥル・ラヒミさん(三八)は、アフガニスタン再建を夢見る難民の一人。妻と三人の子供を連れて帰国することを決断した。同国マザーリシャリフには、病気の父親がいる。一九九〇年まで続けていた同国の政治活動にも復帰するつもりだ。
自由業者のアブドゥル・ナビザダさん(三五)は、インド・ニューデリーの友人が送るインド製の衣類を売り、ブラジルでの生活を保っている。十二歳と九歳の子供は、容易にポルトガル語を覚えた。だが「祖国に帰りたい」という願望が、ナビザダさんの妻ファレバさん(二九)の心を打った。マザーリシャリフを離れて十年。「家族に会いたい」とファレバさんはため息をつく。
教員のネサル・ファギリさん(五七)の息子、ヴァリさん(二七)は、サンパウロのじゅうたん業者に雇われ、「ブラジルに残る」と言う。だがネサルさんと妻のサフィエーさん、十八歳と十二歳の子供たちは帰国する。「ヘラートへ行き、残してきた三人の子供たちに会いたい。また、イランに住む二人の子供の近くにいられる」。
一方残りの二家族は、ブラジルで生活を続ける予定。教員のアブドゥル・アトバイさん(三九)はまだ失業中だが、妻のロチアさん(三四)はインドの眉毛脱毛技術で成功し、美容院で人気美容師として働いている。「アフガニスタンですべてを失った。帰る理由がない」とアトバイさんは話す。
運転手のファルハド・カジザダーさん(三八)と主婦のナビラさん(二五)は、学校に就職し、ブラジルでの生活にいち早く慣れようと努力している。