3月20日(木)
長い間、コロニア文学界の指導者的立場にあった故武本由夫さんの初めての著作集『短歌随筆・エッセイ論文集 武本由夫著作抄』が、このほど発行された。
編集を担当した安良田済さんによると、武本由夫歌碑建立に際し、募金から残金が出たので、それを活用した。残金を最も有意義に処理する方法として、建立委員会が決議したという。
安良田さんは、武本さんの著作集がこれまでなかったのは、武本さん自身が出版する気持ちがなかったからだという。経済的理由でなく、たとえ費用を所持していても出さなかった。そのわけを、つぎのように分析する。
「散文にしても、あれほどの名文を発表しながら、自信は持っていなかったようだ。いや、だんだん持てなくなっていたようだ。八〇年頃、わたしごとき後輩に原稿をもってきて、安良田君、ちょっと目を通してみて、おかしなところがあったらチェックしておいてくれ、と、とんでもない注文をときどきしたものである。それほど、自分の文章には謙虚であることに私は深く感動すると同時に――」。
自作品に自信を持っていなかったうえに、非常に寡作だった、というのが、これまで著作集が出されなかった理由だ、と安良田さんは言う。
今度の最初の著作抄の、短歌の選出は、水本すみ子さん、梅崎嘉明さん、小笠原富枝さん、小野寺郁子さんが担当(去る一月除幕された、アルメイダ・ジュニオル広場の歌碑にきざまれた歌「砂丘にまろびて韜晦を愉しめば海よりそよぎて朝は流るる」も選ばれている)、随筆エッセイ、論文のそれは安良田済さんが行った。今後は、武本さんほどの人に一冊も著作がない、という〃異常事態〃は解消されるわけだ。