3月13日(木)
前代未聞の日本人ブロッコ―バイーア州サルバドール市在住の澤田直也さん(三〇)が、日本人だけのパーカッション・グループ「NATAKATOSHIYA」を組織してカルナヴァルに参加した。同グループは三月一日、四日の二度にわたってペロウリーニョ地区を練り歩き、地元住民や観光客の注目を集めた。
グループ名の「NATAKATOSHIYA」は、人名ではない。「サルバドールで初めて聞いた言葉がこれだったんです。ここの人が日本人をからかうときに使う造語」と澤田さん。日本人旅行者を集めて、カルナヴァル一カ月前から毎日練習した。
ペロウリーニョ地区に買った家や、路上を練習場所にした。その家は日本人観光客のためのゲストハウス「なお宿」として、収入源にもなっている。
メンバー十二人は、全員が素人。太鼓を叩いたこともない、という人達だった。経験者もいたが、「こんなバンドで恥をさらすくらいならやめる」などと言って抜けていったという。練習に来なかったり、技術をけなし合ったりするメンバーをまとめ上げ、何とか当日にこぎつけた。
当日、赤と白の衣装で練り歩く同グループの後には、日本人、ブラジル人を問わず観光客や見物人が続く。演奏が一段落する度に、行列から拍手が沸く。この様子はテレビで生放送され、澤田さんが所属している別のブロッコ「チンバラーダ」のメンバーや、地元の人々からも「かなり良い評判だった」とか。
澤田さんは自分のことを「バブル移民」「バブルチルドレン」と呼ぶ。「何でも与えられて育ったし、良い学校も出た」と振り返る。それでも満たされない気持ちを抱えていた時に、サルバドールに出会う。「求めたものがここにあった」と、今は「第二の故郷」とさえ呼ぶ当地に住んで六年が経つ。
帰国した時の体験が、日本人グループを作る動機になった。久しぶりに帰った母国には、「腐ったガキが多いと思った。無気力で、金の使い方が分からない。たくさん情報を持っているのに、本当の情報を持っていない」。そんな今時の日本人たちで、バンドを作る―今年のカルナヴァルまでの、五年越の計画が始まった瞬間だった。
「NATAKATOSHIYA」は今回で解散するが、日本で再結成する話も出ているという。その延長線上には、「学校を作る」というさらに大きな夢がある。
とはいえ、カルナヴァルの華やかさとは裏腹に、実際の作業は地味。「なお宿」の瓦を直したり、書類の手続きをしたりといった仕事が裏にある。
「ここでは、どんな人からも神々を感じる」と澤田さんは話す。サルバドールに宿るアシェの聖なる力が、澤田さんを衝き動かす原動力なのかもしれない。
(写真=「NATAKATOSHIYA」をリードする澤田さん(右))