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グルメクラブ
2月20日(金)
サンパウロ旧市街のありふれたバールでイタリア・ワインを注文して失笑をかったことがある。来伯早々の蹉跌の記憶である。 ヴィニョ、とうまく発音できなかったせいもあるが、周囲の客はピンガかビールを飲んでいた。なんてことない、日本から来たての気取り屋さんがひとり、浮いていたのである。 いまになって思い返す。あのとき、「カンパリ」か「チンザノ」か、あるいは「シナール」を注文していれば良かったな、と。 サンパウロ市民にとってこれらイタリア産の香草・薬草系リキュールはなじみの深い酒だ。安バールで頼んでもまったくおかしくない。というより、どこにだって置いてある。 特に、アーティチョーク(朝鮮アザミ)をベースに、十三種のハーブの抽出液を加えた「シナール」はよく飲まれている。甘くほろ苦い風味はレモン、コーラやトニック水とも相性がいい。五十センターヴォ硬貨一枚そこそこで支払いが済んでしまうその値段がさらに大衆を魅了する。 イタリアの場合、硬貨一枚で飲める酒の代表格といえば「グラッパ」だ。カウンターに小銭をたたきつけて注文するのが流儀とされるほどである。ワインを醸造する際に出るしぼり粕を発酵させたうえ蒸留した酒。ブラジルでもイタリア系移民の末裔によってつくられている。 ワインの一大生産地として有名な南大河州ベント・ゴンサルベスから約二十キロ。山脈地帯(セーラ・ガウーシャ)のふもとに工場のある「カーザ・ブッコ」社のそれがなかでもクオリティーが高い。 蒸留技術・設備が自慢。ブッコ一家が祖国イタリアからわざわざ導入した。珍しい銅製の蒸留器は一九二五年以来の歴史を誇るという。 同社はまたカシャッサの生産にも力を入れている。「グラッパ」づくりで培った蒸留技術が生かされているのだろうか。他メーカーとは明らかに一線画す、品の良いバランスの取れた風味が評判である。熟成にはオークやバルサムモミの樽を用いている。 千キロ離れたサンパウロ市内ではほとんど流通していないのが残念だが、見本市や一部の小売店でみかける。価格は五十レアルほどであったかと思う。 近頃は品数充実のカシャッサ・バーが増えた。そんな専門店で頼めば、主人も莞爾と笑ってくれるはずの一本である。