パラグアイ人民軍(EPP)が25日、同国コンセプシオン県にあるブラジル人農夫の農園から連れ去り、267日間人質としていた農夫の息子を解放したと26日付各紙サイトが報じた。
開放されたのは、コンセプシオン県リオ・ヴェルデに住むブラジル人のアウシド・フィックさんの息子のアルランさん(17)だ。同県はブラジルの南マット・グロッソ州と国境を共有し、ブラジルからの移民が農業を営んでいる地域の一つで、クリスマスの夜届いたアルランさん解放の知らせは、アウシドさん一家やその友人達を歓喜の渦に巻き込んだ。
EPPは、1992年設立の武装集団を起源とするマルクス・レーニン主義を信奉するゲリラ組織で、2008年にEPPを名乗り始めた。2004年に元大統領の娘を誘拐、05年に殺害した後も市民や兵士、警官の誘拐や襲撃を繰り返し、08年以降だけで38人を殺害している。
このEPPがアウシドさんの農園を襲ったのは4月2日夜。パラグアイ軍との間の銃撃戦で兵士1人とゲリラ2人が死亡したが、残ったゲリラ達はアルランさんを誘拐して逃げ去った。
EPPは身代金50万ドルと食料の差し入れを要求し、アウシドさん達がその要求に応えてもなお、アルランさんの身柄を拘束し続けていた。
10月22日には、同国のフランシスコ・デ・ヴァルガス内務相が同月18日にEPPが撮影したビデオを公開。ビデオには、7月5日に誘拐された警官のエデリオ・モリニゴさん(24)とアルランさんが、ゲリラ達に囲まれてメッセージを読み上げる映像が納まっていた。EPPは同国政府が拘束している仲間6人を11月1日までに解放すればモリニゴさんを解放するという条件を出したが、同相はこの時、同国政府は犯罪組織との交渉には応じないと明言していた。
人質2人の家族はクリスマス(ナタール)までに人質を解放するよう求めたが、24日になっても解放されないのを見た同国司教会議は24日に改めて人質を解放するよう要請。アルランさんの解放は25日夜9時頃に家族に知らされ、リオ・ヴェルデの聖職者の家に送り届けられた後に、政府軍兵士らによって家族や友人の待つ自宅に連れて来られた。
アルランさんは同日中に社会ネットワークサービスに祈りの支援への感謝のメッセージを掲載し、開放の喜びを分かち合った。オラシオ・カルテス同国大統領も公式のツイッターでアルランさんの解放を喜ぶと共に、モリニゴさんの早期解放と同様の事件が繰り返されない事を望むとのメッセージを流している。
アルランさんはずっとブラジル人の人質として報じられていたが、二重国籍は持っていない。