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さんしんの日に展示された琉歌碑の実物
さんしんの日に展示された琉歌碑の実物

沖縄県人会=山内盛彬氏の真筆碑発見=本部かジアデーマへ移設

 長年行方が分からなくなっていた、琉球古典音楽の大家・山内盛彬(せいひん)氏真筆の歌が刻まれた琉歌碑がカントリークラブ日本公園内で発見され、沖縄県人会が会館敷地内に移設を図っている。
 山内氏は琉球古典音楽の渉猟と保存に尽くした音楽学者で、1952年に来伯した際、勝ち負け抗争の余燼で揺れ動く日系社会と沖縄県系人社会内の対立を憂い、音楽の力で大同団結を訴えた。サンパウロ市制400年祭の折に同県出身の作曲家・金井喜久子女史と共に「国際民族音楽会議」に日本代表として参加し、沖縄音楽の普及に努めた。
 石碑は同氏を顕彰し、県人会有志により1954年10月2日、サント・アンドレー市のジュッタ農場に建立されたもの。平和を希求した同氏による琉歌「平和しぬくゆる武器よさめ楽や原子爆弾も吹きゆ散らせ」が刻まれている。
 沖縄県人会の知念直義さんによれば、ジアデーマか本部のいずれかが移転先になる予定。サンパウロ市本部で3月1日に開催された「さんしんの日」には、館内に実物が展示された。