包装紙より取り出すや、パッ、と目の覚めるような色彩あざやかな表紙、それがこのたび武地志津さんが上梓された著書『明け暮れの記』である。
320ページの手に重る本の内容は、随筆と短歌を主にした自分史、とも言える趣がある。29編の随筆は、一つ一つが丹念に彫られた人間像であって、読み進めれば明確に作者のイメージが浮かんでくる。
内親をテーマにした虚飾ない作品からは、情こまやかな作者の息吹きが伝わってくる。表紙のデザイン装丁は、お孫さんの美紀ちゃんの担当とは嬉しいこと。
美紀ちゃんの赤ちゃんの頃を知っており、私の孫の美希と同じ頃に生まれ、偶然に名が同じ発音なので忘れがたく、親しみを持つのである。
短歌の方は、趣味の多い人なので素材は多岐にわたっているが、私はことに叙景歌に心惹かれる。
- 内海の風爽やかな朝の浜小舟押し出す人影ひとつ
- うす靄のかかる沿岸のひとところ積木のごとき白きビル群
- 枯れ枝に一羽の黒鳥浮き立ちて牧場の朝の淡き陽のなか
- せせらぎの音に揺らるるコスモスの薄桃の花やわら陽のもと
- 雷雨おそうビル建築の屋上にかすみて動く黄の雨合羽
- 声張りて飲料水売る少年ら日焼けし顔に車列縫いゆく
いずれも細部に視線が行き届いていながら、簡潔で清すがしい。
叙景詠を少し抽出してみよう。
- 海辺より戻りし男孫は小さき手に握りいし貝殻ひょいと差出す
- ひとりっ子の女孫は十九病床の母看りては通う大学
- ふたたびは開くことなき娘の瞼指になぞりつその名呟く
- 週ごとの朝市に夫が品変えて買いくる果物今日桜桃
- 夫逝きて日は過ぎゆくに狂いなく時きざみおりその腕時計
- 訪日へ旅好きなりし夫と母の写真をバックに忍ばせて発つ
- 鶯の声にひかれて窓の辺に寄れば目交いに霊峰かすむ
辛いことも数々あったのに、心乱れて感傷的になることもなく、節度ある歌の姿である。若くより志津さんが様々な趣味に没頭できたのも、理解深いご主人の支えがあったからであろう。
この本の内容を豊かにしている絵画や書については、その方面に造詣深い方にお任せしよう。
かつてこの近くに武地さんが住んでおられた頃、毎月お宅で文章会が開かれていた。長老の松井太郎さん、いまも活躍中の梅崎さん、姉のようだった今は亡き山岡さんなど、6~7人の気兼ねのない仲間たちの本当に楽しい会であった。武地さんの手作りの寿司がおいしかったなあ―。
おや、いつの間にかまた、なるべく避けている過去回想に落ち入ってしまったので、この辺でペンを擱きます。
武地さん、おめでとうございます。