ホーム | 日系社会ニュース | 未来担う子供ら500人参集=パラナ州開拓先亡者慰霊祭=200人で「花は咲く」奉納=四つの節目に例年の倍
慰霊祭の様子(最前列の左から2席目が折笠会長、通路挟んで右が水野龍三郎さん)
慰霊祭の様子(最前列の左から2席目が折笠会長、通路挟んで右が水野龍三郎さん)

未来担う子供ら500人参集=パラナ州開拓先亡者慰霊祭=200人で「花は咲く」奉納=四つの節目に例年の倍

 パラナ日伯文化連合会(折笠力己知会長)はローランジャ市の日本移民センターで『先駆者並びにパラナ開拓先亡者慰霊祭』『記念碑除幕式』を開催した。移民107周年、パラナ州日本人入植100周年、日伯外交関係樹立120周年、パラナ州兵庫県姉妹州県提携45周年周年を同時に迎えることから、在クリチーバ総領事館の池田敏雄総領事、折笠会長、ローランジャ市長ジョセ・パウラ・マルチンス氏、ブラジル移民を開始した水野龍の三男、龍三郎さんをはじめ、例年の倍となる約500人が集まった。

 午前10時より行われた慰霊法要はコレイア教伯導師(本門佛立宗)の読経のもと粛々と行われた。池田総領事の献花に続き、集まった関係者が一人ひとり焼香した。
 追悼の言葉で池田総領事は「艱難辛苦に耐えぬき、今日の生活を築いた移住者たちには畏敬の念を禁じ得ない」と労い、久保田ジョルジ同副会長は「三、四世たちが日本人の持つ勤勉さ、正直さとブラジルの良い部分を併せ持った人物になることを期待し、文化活動に力をいれていく」と今後の活動の発展を誓った。
 日本語学校の生徒を代表して折笠かおりさん(16、三世)は祖父の人生を振り返り、「祖父はコーヒー農場で必死に働いたと聞いている。その苦労の上に私たちの生活があることを忘れず、これからも感謝の気持ちをもって生きていく」と流暢な日本語で述べた。
 奉納として太鼓グループ「龍心」の演奏や北パラナからマリンガやアサイーなど10校以上から集まった日語校生徒総勢150人以上と同文協婦人部約50人による「花は咲く」「ふるさと」の合唱も行われ、先亡者の冥福を願った。
 100周年、120周年、45周年を記念した碑が建立され、除幕式も行われた。折笠会長、マルチンス市長らにより幕が引かれると大きな拍手が沸きあがった。
 懇親会を兼ねた昼食会で、折笠会長は「例年になく多くの人が集まり大変喜ばしい。子供たちの未来に期待したい」と挨拶し、同市長も「日系人の功績に対し、市を代表して感謝を示したい」と称えた。
 水野龍三郎さんに感想を聞くと、父龍の死亡当時(1951年8月)を振り返った。勝ち負け抗争でコロニアが分裂して暴力事件まで起きていたことから、水野龍は死ぬまでブラジル移民は失敗だったと思っていたという逸話に関連し、「当時、母が道を歩くと非難する移民がたくさんいた。いつも平謝りする母を見て、子供心に『なぜ』と思っていた。今日は本当にうれしい」と語り、晴れやかに移民の日を迎えられたことを感慨深そうに喜んだ。


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 「結局、夢で終わってしまうよ」そう話したのは、パラナ州日本移民センター内の史料館を管理する今津貞利さん(83、福岡)だ。百周年事業で同敷地内に「夢」テーマパークを建設予定だったが、国の予算が下りず中断されたまま。16アルケールの土地の入り口には礎石だけがたたずむ。「これも歴史だからね。残さなければいけないよ」。そう話す姿は悔しさに溢れていた。