プ・プルデンテ 小松 八景
移民の日語り伝へて次世代へ
【六月十八日はいみじくも「移民の日」である。戦後移民の私共には、その苦労の真相は新聞や書籍、或いはその方々から聞かされる実話によるしかないが、つくづく身にしむ思いの募るものばかりであった。ここに掲げる五句は、その移民の日を簡明に潔く詠まれた俳句として、明日に控えた六月十八日第一船笠戸丸が、サントスに入港した記念すべき「移民の日」に相応しいもの
である。
移民の真相を語り部として次世代へ伝える、亦は一冊の伝記として残す。そして名も無い無縁仏は南十字星のもと手厚く葬られ、毎年執り行われる移民の日の法要は、若い跡継ぎの次世代のもとへ日伯両語で招待状が送られる。】
移民の日老いの足跡書に託し
移民の日無縁仏や十字星
移民の日招待状の二ヶ国語
受け継がれし琉球舞踊移民の日
【さらに舞台では老若両者による「琉球舞踊」がしめやかに披露されて、「移民の日」は悠久に忘れること無く引き継がれていく、と言う立派な巻頭俳句として推奨させて頂きたい。】
セザリオ・ランジェ 井上 人栄
鉄鍋は母の形見や味噌を搗く
【秋も深まり冬が訪れると、私の祖母達も人を頼んでこの味噌搗きをしていた記憶がある。
ブラジルでも田舎に行くと、庭に大きな鍋を備え付け、普段豆腐やパモンニャなどを作ったりし、この句のように味噌まで自家製の物。その「鉄鍋」こそ、母から譲り受けた形見の大切なものである、と言う佳句。】
何事もメールで済ます夜長かな
【最近のコンピュータの目ざましい働きはどうであろう。私の様にただ打って何となくメールを受信するくらいしか出来ない者には大変。
他の句共々、この作者らしい機知に飛んだ佳句揃いであった。】
菜園に秋蝶低くもつれ飛ぶ
包丁でこさげ落として草虱
針に糸すうと通りて小春部屋
パルマス 宇都宮好子
すっぽりと霧の毛布で街眠る
【サンパウロでも秋から冬にかけての寒い朝、窓を開けると驚くほどの深い霧に覆われてビルの足元までかすんでいる事がある。
それにしても、「霧の毛布で街眠る」とは、それだけの言葉でその街の静かな佇まいが偲ばれる佳句である。】
固すぎず柔らかすぎず新とうふ
【うちでも長い間豆腐を作ったことがあった。沖縄豆腐で、少し硬めであったが食べ応えがあり、長持ちするので重宝していたが、この句のような新しい大豆で作った「新とうふ」は、亦格別であろうと思う。いい家庭俳句である。】
煮凝りや箸から落つる箸休め
楽しみは明日の煮凝り残り汁
コチア 森川 玲子
投稿の自選に迷ふ湯冷めかな
【句会で大勢の句友の俳句をみて、その中から気に入った俳句を頂くのは難しいものであるが、また自分の俳句から選をして投稿する事も一苦労である。先人方から「選は俳句を詠むより難しい」と言い伝えられているが、まことに其の通りである。
この句にあるように、俳壇や俳誌に投稿する自選には、尚更一苦労させられると言う一句。季語の「湯冷めかな」がまことによい選択で、この一句を揺ぎ無いものとしている。】
虚子忌過ぎ庭に椿の咲き揃ふ
煮大根好物となるわが齢
くすりやで折鶴もらふ冬うらら
カンポグランデ 秋枝つね子
豊の秋ふところ具合ほかほかで
【農作物の良く実った秋、今年は何もかも良く出来て豊年であった。養鶏から炭焼きまで年中忙しく働いて迎えた豊作の年である。
「ふところ具合ほかほかで」なんて、明るく一句にされているが、其の並々ならぬ一年中の努力は察するに余りあるものであろう。この作者らしいあっさりとした言葉の表現の中に、しみじみとした努力の賜物である事が伺える、立派な明るい俳句であった。】
炭焼きに黒く汚れて目も鼻も
食の秋隣の客ももりもりと
減塩の至福漬物秋茄子
サンパウロ 近藤玖仁子
占ひと違ふはこびや冬の星
【「占ひと違ふはこびや」とは少し難しいが、作者が星占いに運命をみてもらったのであろうと思われる。ところが其の占い師の言葉通りでなかったと言うのである。
「違うはこびや」は全く違ったすすみ具合の人生であったと、そんな解釈ではないであろうか?この作者独特の詠み振りの俳句で興味深い佳句である。】
古希なれば心は丸く冬暖か
冬林檎かじる孫の歯一つなく
そろばんに旧姓みつけ冬温し
サンパウロ 畔柳 道子
犬に声かけて日課の落葉掃く
【「落葉掃く」は懐かしい言葉。アパート住まいだと結構落葉があってもそれは働いている人の仕事で、私は小さなベランダの桜や藤、この頃は萩の小さな落葉など拾っている。
この作者は大きな家で、何匹もの犬や猫と暮らしている。そんな犬に声を掛けながらの「落葉掃き」で如何にも楽しそうな俳句である。】
風立ちて小さき菜園冬菜揺れ
短日や老いても爪の良く伸びる
とりあへず襟巻をして出かけたる
サンパウロ 串間いつえ
粛々と柊の咲く旧家かな
【柊(ひいらぎ)の花は秋の末から初冬にかけて、厚く光沢のある葉の横に小さい白い花を集まって咲かせ、よい香りがする。
ふと道を通った時香りに気づき見上げると、柊の可憐な花を見つけた。石垣の旧家らしい構えの住宅であるが、「粛々と」と言う言葉の如何にも似合う景で、良い感覚の佳句である。】
一巡り民芸市の小春かな
木莵(みみずく)の番ひ遊ぶや浜の木に
赤々とポインセチアに日を重ね
サンパウロ 平間 浩二
小春日や一人寛ぐカフェテラス
さざ波の立ちて湖畔の秋の風
心身をゆだねほぐして小春かな
野を駈ける子にびっしりと草虱
サンパウロ 山本 紀未
枇杷の花女の多き句座なりて
英王女の誕生ニュース冬ぬくし
冬の町焼きそば売れるレストラン
クリニカの向かひの墓地や寒の月
サンパウロ 山本英峯子
侮れば刺し来る速さ冬の蜂
ゆれゆれて寝ごこちいかに浮寝鳥
冬めきて出窓淋しくなりにけり
大根を煮て主婦業の飽きもせず
サンパウロ 上田ゆづり
朝餉には大根キムチだけでよし
時雨るるや青空市の帰り路
小波の意のままにして浮寝鳥
美女ダイバー海に鯨と戯れて
サンパウロ 渋江 安子
青白き寒月仰ぐ夜空かな
【最近の晴れた夜、満月を過ぎて半月くらいの時の月は、寒さと雲ひとつ無い空に青白く澄んだ姿で夜空に不気味なほどの静けさをもたらしている。そんな夜空を仰いでいる作者の姿が見えるような心打つ佳句であった。】
母の日や母の諭しを思ひだす
大鯨浅瀬に迷ひ痛ましや
冬の町老人二人手をつなぎ
サンパウロ 須貝美代香
鋭くも淋しく光る冬の月
冬菜摘む緑の畑目に和む
ひと握りそれだけでよし冬菜汁
母の日や丹精こめてちらし寿司
サンパウロ 大原 サチ
寒月や広野の如く街眠る
パイネイラ咲きて教室明るうす
収穫を急ぐ農村露寒し
末の子の新居で仰ぐ冬の月
サンパウロ 篠崎 路子
異国にて深く沈めて柚子の風呂
掛け声が我を尻目に兵士の日
嫁がずとも当世風にマリア月
秋無常変り果てたる我が旧居
ヴァルゼングランデ 馬場園かね
時雨過ぐ好きにはなれぬ電子音
枯れ尽し現はる小沼水の張り
枯れ園やジャラグア山の遠景に
※『ジャラグア』は牧草地のこと
冬めくや塗りたくられて仔犬小屋
ヴァルゼングランデ 飯田 正子
オーバー着て町行く人の季節かな
【最近のこの冷え込みにオーバーを着る人を見かけたり、また自分も夜出かけたりするときは、結構厚手の半コートなどを着ている。そしてこの句のように、ブラジルもそんな寒い「季節かな」と思ったりするが、中々良い季節の写生俳句である。】
孫娘お茶入れてくれ冬の夜
貰ひ来し仔犬に毛布かけてやり
遠き日に三寒四温教へられ
スザノ 畠山てるえ
娘等のお洒落おしゃべりペリキット
露寒しバスゆっくりと魔の峠
木の下はピンクの筵パイネイラ
義歯も無く暮らす幸あり柿かじる
ソロカバ 前田 昌弘
イパネマに雲ひと条や冬日和
紡績場名残の煙突冬霞
出稼ぎて兵隊の日も知らず過ぎ
乾燥花触れなば肌の切れさうな
ピエダーデ 国井きぬえ
朝歩く近道露の森繁る
宝籤親子で賭ける夜長かな
寒さ来て手脚の痺れ老いしかな
西日差し南天の実の五・六粒