ホーム | 文芸 | 俳句 | ニッケイ俳壇(846)=星野瞳 選

ニッケイ俳壇(846)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

迷い入れし冥土の如く寒夕焼
枯れるもの枯れ麻州野は夕焼けて
風止みしこの静けさも夜の秋
珈琲園耳の短い兎住む
鋤焼きの最後は餅を入れて食ふ
【一九一五年十月三日生れで、この十月で百才になられる。一字も正しく書いて下さる。字がまともに書けなくなりましたがとは云われるが。大麻州の寒夕焼が目に浮ぶ様だ。物凄く美しいであろう。寒夕焼を立って一人眺めて居られる姿が見られる様だ。】

   アチバイア         東  抱水

置き竿の寒鯉釣りの鈴が鳴る
庭焚火爺に聞かせるビオロン弾く
※『ビオロン』はギターのこと。
牧焚火ビオロン奏で唄うたい
ピッポーカ噛み噛み火に当る
※『ピッポーカ』『ピポカ』はポップコーンのこと
【ここにも大先達が居られる。一九一〇年生れ、十月で百五才になられる。寒鯉釣りをしてビオロン奏で唄う、元気だ。お二人を見ると、俳句をやると老わないのではないかとも思われる。】

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

火風船夜空を何処へゆらぎ行く
晴れわたる初冬の空に虹が立つ
降霜の便り手にする南から
ジュニナ祭仕度に手間取り遅れしと

   グアタパラ         田中 独行

鍋焼きや料理番組日々楽し
大南風墓標倒して村を過ぎ
大南風自慢のイペー根こそぎに
冬凪の句宿に一枚服を脱ぐ
水かけて引く大根の長きなり

   ソロカバ          前田 昌弘

時雨るるや開花半ばに逝きし友
三角関係丸くおさめて愛人の日
凍蝶を掌にあたためて飛び立たせ
師の歳は二た回り上パリー祭

   ソロカバ          住谷ひさお

風邪病んで寄り添う老いし婦夫かな
ねずみもち色づき今日冬至入り
この辺は冬でも芝刈り隊が行く
移民の日出稼の嫁等日本へ
日語校の七夕祭の小短冊

   ナビライ          小原 加代

停電に原始の闇や星月夜
良く笑ふ嬰児をあやす秋灯下
もたもたとなりし仕事も秋に入る
麦茶いれ秋の気配にひたる朝
愛でて食ぶ物多くなり食の秋

   サンパウロ         寺田 雪恵

甘酒に生姜をふやし風邪予防
惜しきかな帰りに落ちし白椿
白椿に永雨の降りて三回忌
寒風に向かいてやさしコスモスは
コスモスの桃色に心やわらげり

   アチバイア         宮原 育子

大家族豚を炙りて焚火祭
車座の移民哀話に声もなく
雨続きフェジョンは畑で芽を出しぬ
水洟や親の真似して手洟かむ
大鍋にピポカ弾かせコッパ観る

   アチバイア         沢近 愛子

退院の我れを待ちくれ胡蝶蘭
八十路なおピポカ噛るカフェかな
霜の朝火を焚く匂ひなつかしく
冬ぬくし沖縄桜咲き始む
健康が取り柄の筈が冬を病む

   マイリポラン        池田 洋子

半世紀経てなつかしき移民船
ケントンにヴィンニョケンテに踊りの輪
嫁出番ケントン作る母老いし
肉も喰う焚火祭りの僧侶かな
わたしにも出来るよ孫がピポカ炒る

焚火祭はフェスタ・ジュニーナ(6月祭)のことで、田舎風に装った若い人たちが集まり、大きな焚き火を囲み、大鍋でピンガに香料や砂糖を入れて煮るケントンを呑み、歌い踊ったりする。

焚火祭はフェスタ・ジュニーナ(6月祭)のことで、田舎風に装った若い人たちが集まり、大きな焚き火を囲み、大鍋でピンガに香料や砂糖を入れて煮るケントンを呑み、歌い踊ったりする。

   サンパウロ         三宅 珠美

冬霞イタペチ山山道九十九折
枯野中ぽつんと残る我が生家
ピッタンが生るか生らぬか鉢植に
一泊の旅の土産は寒卵
ピリ辛のピポカサッカー観戦に

   サンパウロ         佐古田町子

山楠花の匂とどけよ句友の床
病む友の水中花赤く咲く枕元
淡白な味を好みて目刺焼く
赤白黄イペー咲きつぐ街の角
サンパウロ名物霧の街に帰着く

   マナウス          東  比呂

村々の祝いの酒盛りマリア月
※『マリア月』は聖母月で5月のこと。
枯芝の村々隔て続く道
牧夫等のギター爪弾き大焚火
あまりにも大きな鶏頭きみわるし
冴え返る大河に月の歩みかな

   マナウス          宿利 嵐舟

穏やかな五月の空に鯉幟
枯芝に曽孫忘れし玩具あり
母の日や心で詫びる親不孝
一人また一人集まる焚火の輪
北風に追われて集う焚火の輪

   マナウス          河原 タカ

長き四月駆け足五月くり返す
枯芝にラグビーボールころがりて
よき仲間焚火焼肉語り合う
秋澄めり樹海大海の隅々に
この景色シャッターチャンス秋澄む日

   マナウス          松田 丞壱

眩しくも花嫁姿マリア月
マリア月娘の嫁仕立て名残り惜しむ
ムクインに触れて肌色疥癬に
※『ムクイン』はアマゾンのジャングルや草原に生息する粉のように微細なダニ
母の日に赤いカーネーション良く似合う
母の日に昔覚ゆる別嬪娘

   マナウス          服部タネ女

マリア月キャンパスの恋結ばれる
マリア月独身貴族を止めて嫁く
枯芝に座せば日向の匂いせし
母の日や明治の母は強かりし

   マナウス          山口 くに

去にし娨が手作りボーロとて母の日に
美容師を娘がかって出るママイの日
焚火して事故を知らせる魔のカーブ
焚火消え背なより襲ふ余寒かな
水嵩の定まり秋の水澄めり

   マナウス          岩本 和子

子二人の息子夫嫁にマリア月
母の日や今は疲れを癒す母
母の日や母も私も年老いて
良き人も悪しき人も霧の中

   マナウス          橋本美代子

花嫁は二つ歳上マリア月
ムクインの歓待受けし移民妻
母の日は厨明け渡す呼ばれるまで
腹暖めば尻冷えてくる焚火かな
漁終えて焚火を囲む回し酒

   マナウス          丸岡すみ子

マリア月ドレスずらりとショーウィンドー
式済みて連らなる笑顔マリア月
何歳になりても子は子ママイの日
かざす手の円く並びぬ焚火かな

   マナウス          吉野 君子

ころげ廻る児の服枯芝にまみれ
ムクインや痒ゆみ筆では伝え得ず
焚火して芋焼ける香は故郷の香
季を知ってアマゾン樹海を鳥渡る
アマゾンも故郷も同じ月冴える

   マナウス          阿部 真依

母の日や「わあー」とよろこぶ笑顔かな
日暮れ時焼酎片手に祖父焚火
栗ご飯口に広がる祖母の味

   トカンチンス        戸口 久子

縁起を授かる娘マリア月
旱魃で田圃の上み手芝枯れる
ムクインや慣れぬ手に山代りにけり
入植地野良着つけて母の日に
猿の声のひびきて峰の月清き

   サンパウロ         武田 知子

前倒し冬始まりぬ朝の雨
生きて来しの人それぞれや木の葉髪
見舞いにと北海ずしに焼き秋刀魚
差し入れのおでんに風邪も湯気と去り
床上げや散蓮華にて中華粥

   サンパウロ         児玉 和代

日だまりの草枯れなずみ冬めける
感性の鈍り初めたる木の葉髪
うそ寒やいざと云ふ時蹟きぬ
独りとは昼に続きて夜の長し
鳩も居ぬ週末プラッサ暮の秋
寝そびれて一冊読み上ぐ秋灯下

   サンパウロ         西谷 律子

凍てし日や人の心の暖かく
新米を磨ぐ手触りの重さかな
帰路急ぐ人の背ぬらす小夜時雨
また夫婦きりとなりたる根深汁
重ね伏す牛の背ぬらす牧時雨

   サンパウロ         西山ひろ子

留め袖をドレスに着替え友爽やかな
お気に入りの夫のマフラーくたくたに
大根煮る髪まで匂ふ気持して
日を集め小鉢に咲いて冬すみれ
白菜の小気味良き音漬け須に
祈りてふ家族の宝冬ぬくし

   サンパウロ         新井 知里

小春日の卆寿の宴に湧きかえる
風邪ぐらいと思える歳を急に越え
小春日や友卆寿で日本着
母の日やそれぞれの子にありがとう
冬支度タンスにいっぱい想い出が

   サンパウロ         竹田 照子

秋晴やサビア久しく声高に
風寒し冬の訪れすぐそこに
ふだん着の衿元つめて冬支度
日本着の衿元美し友卆寿
ガーベラの赤き情熱誰がためぞ

   サンパウロ         林 とみ代

作法などいらぬふるまい衣被
末枯れや里の灯台いと釯き
冷やかや土人作りし壷一つ
辿り来し知らぬ人生花イペー
秋冷の山のかなたに白き雲

   サンパウロ         原 はる江

温き家族に恵まる友卆寿
バランスのだんだん崩れる冬来たる
膝毛布はなさずパリーテニス見て
合歓の花今満開のマルジナール
ガーベラは真赤にもえて句座に映え
庭小春夫懸命に草むしる

   サンパウロ         玉田千代美

筆ペンの墨のかすれて秋の行く
秋思かな沙汰ある時も無き時も
母の香のほのかにかおる秋袷
秋高くハイヒール音のかつかつと
友の宴紋付姿返り咲き

   サンパウロ         山田かおる

初咲きの八重コスモスは母の供花
玉となりむらさきイペー野に山に
秋思なり戻らぬ旅へ友送る
卆寿なり生命大事に生きぬかん
仕合せを万物に謝す卆寿の日
百人に囲まれ最高わが卆寿

   サンパウロ         平間 浩二

引き潮の如く消え去る人の秋
生涯の伴侶となりぬ木の葉髪
小春日の九十六才師の笑顔
殊の外外戸でもいける玉子酒
湯豆腐や話も弾む笑顔皺