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宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(15)

 愛なき者の婚姻の悲劇であった。それにひきかえ友人は、神によって結ばれた緑は、人為によっては離せないという堅い信念よりきているように思えた。万事ことにあたって静かなること林のごとしという心境に太一は打たれた。
 これは追憶もかすむほどの遠い過去になるが、はなは自分の選択した道をえらんだのだし、太一も自分の当為をなしただけであった。過去は偶然にしても必然にしても、書きかえられるものではないが、人から虫のようなものまで、その時の状況によって生きられる最善の途をえらぶというのは、おそらくは真実であろう。
 太一らの仲もどちらが悪いというわけではなかった。どちらも世間しらずで大人でなかったのがおもな理由であった。
 一年ほどすぎて、はなが再婚したというのを太一はきいた。すると間もなく、ある人が太一に話をもってきた。
 父もよろしくと頭をさげたので、彼も承知せざるをえなくなった。すると仲人は先方は初婚だといった。太一はーそんな娘がおれのような前歴のある男になぜくるのか、手におえないあばずれではないのかーと疑った。ところが仲人は先方はちゃんとした娘で、こちらのことは承知しているから、済んだことは黙っていてくれと念までおされた。娘の家は同じ郡内の日系人の某耕地の借地農をしていた。太一が初婚ならこの話に父はのらなかっただろうが、不肖の息子として世話人によろしくと頭をさげたのである。先方の含蓄あるのも腹にのんだようであった。
 話はすすんで、M市のペンソンに両家がよって見合いをした。千恵の器量はよくなかった。愚鈍の相ではなかったが、美人になれる条件にかける容貌であった。けれども体格はよかった。身長も太一よりも上らしかった。彼は千恵をみて、娘に異存がなければさきざき連れそう女房になると思えば、女子選手のような堅い肉をもったこの女は、随分と役にたってくれるのではないかと、太一は感じたものだった。千恵の気性ははしっているようだった。
 献立は和食ふうにでたので、吸い物と焼き魚、そのほかの皿に、ご飯はお櫃にはいってきた。千恵はすぐに仲人さんの茶碗をとってわけ、太一の父と母そして彼の世詰までした。太一に顔をよせてきたとき、赤くなったのはこの人にという想いがあったからだろうか。
 後日、太一がそれを言うと、千恵はーわたしは騙されたんですよ、なんにも知らされずにーとむくれたので、太一は二度とそのことは口にしなかった。
 話は順調にすすんで、父は結納をおさめたので、太一らは夫婦になったが、戟時中というので式は挙げないことにした。それに嫁側では今は農繁期で娘をとられると困るので、収穫がおわっての後にということになった。
 けれども太一が通ってくるならそれは認めようとの話にきまった。表むきは理にかなっているようで、なんとなく親たちが細工したような変なところがあるのに彼は気づいていた。
 同じ郡内だったので、戦時中の旅行証明書もいらず、千恵の家は馬でゆけば二時間ぐらいの道程だった。太一は土曜日の昼からでかけ、日曜日の夕方には帰る通い婚のようなことをやらされた。嫁側ではゆくゆくは頼りにする婿として大事にされたが、太一はお客ではないといって、力仕事などもすすんでした。彼は嫁の里のほうが実家よりも気にいった。できれば入り婿になってもよいと考えたほどだった。