ホーム | 文芸 | 連載小説 | 宿世(すくせ)の縁=松井太郎 | 宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(24)

宿世(すくせ)の縁=松井太郎=(24)

 彼女はそれでもこっそりと日記はつけているようであった。太一に見られるのをとても嫌っていたので、サンパウロ市に転居のさい、すべて焼いたか捨てたかにちがいなかったのに、その一冊が残っていた。太一は興味をもってページをめくっていった。字はたしかに下手であったが、そこにはほかの誰でもでない亡妻の仕種のようなものがあった。
 日記のなかに干恵が思いのままに、夫への不満、恨みなどありったけの心情をぶちあけてないかと、太一はそれを期待するつもりで、目を通していったが、夫への感情はなにも述べてはなかった。それは日記などといえる性質のものではなく、作業日誌というべきで毎日の仕事を克明に記録してあった。繁をさけるために毎月のある一日の記述を原文のままにここに再録してみよう。(かなりあった誤字は訂正し)欠けたところは書き足した。
六月0日、晴れ、今朝から急に寒くなりました。朝アルファセ(レタス)を切るのに、手がちぢかんでナイフを持つことができません。でも切らなくてはなりません。外人は寒いのでくるのが遅くなります。竹林のわきのは全部きりました。今日はフエリヤード(休日)なので半分はやすんでいます。
七月0日、霧、今朝は冷え込みました。温度はC十度でした。朝はやくからアルファセを七十箱つくりました。毎日寒いので楽ではありません、夫はコウベ(たかな)を四箱だしました。朝、コウベをとるのは冷たくで体にこたえるそうです。それで明日だすぶんは夕方とり、朝は箱づめだけです。
 八月0日、晴れ、今日はようやく晴れました。天気のよいのは気持ちがすっきりします。洗濯物がよく乾きます、畑もだいぶん乾きました。朝クレパス(ちぢれレタス)をきりました。仕事がおくれていますが、昼に私は嫁とT家にいきました。A子さんは日本へゆかれるとのことで、羨ましい思いで餞別をとどけてきました。
十月0日、くもり、夜中に小雨、アルファセ二十箱つくりました。夫もネギを「箱だしました。ネギは汚れをとるのに手がかかります、晴れたりくもったりの天気でした。
十一月0日、晴れ、今日は息子たちと海にゆきました。プレッソン(血圧)の高い人は海がよいとききました。いっぺんいってみたかったのです、三時ごろかえってきました、はやかったので嫁は子供をつれて実家にゆきました。夜やすむとおきる脚のひきつけは、その日はおきませんでした。
十二月0日、晴れ、もうすぐお正月です。一年すぎるのは早いものです。だんだんと年をとるだけです。
一月元旦、晴れ、私は朝はやくからおきて、煮物やすしをまきました。昼まえ娘たちがきました。みんなで海にゆくためです、夫は新年会にでかけました。私ひとりで留守をしました、天気はよし静かなよいお正月です。心も静まります。
二月0日、晴れ、今日は日曜日です。今日まで婦人会の会長がきまらず、私がかりにやっていましたが、今日はじめてはっきりしました。Sさんがなってこれで会も治まり、私は気分もすっきりとなり、頭もよくなりました
三月0日、くもり、私は息子につれられて、ドートルに診てもらうためM市にゆきました。ボウコウがわるいといわれました。
四月0日、くもり、今日は婦人会の団体旅行です。私たち夫婦に孫二人参加しました。イタぺチリッカデセーラについたのは九時でした。金閣寺を参観してからアルモッソ(昼食)にしました。それからショッピングーセンターにゆきました。エルドラードというところです。