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在日日系社会の教育意識=エスコーラ・フジの場合=(2)=公立校との使い分けは=子の将来は日本、ブラジル?

〃フェスタ・ジュリーナ〃の様子

〃フェスタ・ジュリーナ〃の様子

 日本語を流暢に話す生徒には、日本の小中学校から転入してきた子が多い。親が帰国を意識したり、日本の学校の慣習に馴染めなかったり、と理由はさまざまだ。転入後も日本人の友達と連絡を取ったり遊びに行ったりするという子が多い。
 一方、プレ・スクールからずっとブラジル人学校に通っている子らはほとんど日本語も話せず、放課後もあまり外出しない傾向がある。
 「近くの小学校や高校と交流会をしても、それをきっかけに個人で連絡をとるまではならないみたいです」と南荘さん。
 エスコーラ・フジ恒例のフェスタ・ジュニーナ(6月祭)ならぬ〃フェスタ・ジュリーナ〃(7月祭)が7月19日、富士市内のホールで開催された。
 教師や父兄がシュラスコやトウモロコシのおやつなど食べ物を販売し、子供たちがクアドリーリャなどのダンスを披露、ビンゴ大会も行われた。一年でいちばん大きなブラジルイベントとあって、学校関係者だけでなく、市内外のブラジル人が多く来場。200人以上が集う立派なブラジル・フェスタだ。
 ここで、以前から父兄に聞いてみたかった質問をぶつけた。「なぜブラジル人学校を選んだのか」または「なぜ日本の学校を選んだのか」。
 各家庭によって考えや事情が違うのは承知だったが、それでも話を聞いてみた。すると皆よく語ってくれた。
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 仲良く腕を組んでフェスタを楽しむのは非日系ブラジル人クラウヂオ・ペレスさんと二世の平田マリコさん夫妻。子供が6歳と4歳のときに来日し、「日本に住むのだから日本の学校で学ぶのが当然」という夫婦の方針で、子供たちは日本の小中学校で学んだ。
 参観日など機会のあるごとに担任と話し、子供のことを伝え、家では親子互いに何でも話し合うように努めたという。
 クラウヂオさんは、「日本はいじめが多いというけれどブラジルにだってある。親はわが子の味方をしたくなるものだが、自分の子供が学校でどんな様子なのかを聞き、問題があれば大きくなる前に解決すればいい」と強く語る。
 中学を卒業した子供たちは、ブラジルの高校へ進学するという決断をした。家族で帰国し、一年間予備校に通った後、見事合格。二人目の子もブラジルの高校へ進学した。しかし卒業後は日本で働くことを決め、再び日本へ戻ってきた。
 「大切なのは、いつでも家族が一緒にいて、よく話し合うことだよ」と平田さん。
 炎天下でシュラスコを焼いていたエスコーラの父兄のひとり、清(せい)ノリオさん(三世)は、22年前15歳で来日し、日系ブラジル人女性と結婚した。9歳と7歳の息子はともに5歳からエスコーラで学ぶ。帰国の予定はないが、夫婦ともにポ語で教育を受けてほしいと望んでの判断。週に二回は日本語学校にも通わせている。
 「ブラジルへ帰るのは現実的ではない。日本へ来てから一度も帰ってなくて、ブラジルに行くのが怖い。今のところ子供の教育には夫婦で納得している」と清さんは語った。(つづく、秋山郁美通信員)