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ニッケイ俳壇 (857)=富重久子 選

   ボツポランガ        青木 駿浪

念願の和牛を試育草青む
【「和牛」は、日本の在来種と輸入種とを使って改良した牛のことで、昔は労役に使っていたが、現在は食肉用として飼育しているとある。
 そんな和牛を、自分の農地で試育してみたいという念願があったのであろう。季語の「草青む」が良い選択であった】

音立てて水飲む犬や水温む
【二句目、小春ともなれば犬もはしゃいで走りまわり皿の餌を食べたり、喉が渇いて勢いよく水を飲んだりして可愛いものである。
 初めの句と共にこの作者らしい手慣れたリズムの心地良い俳句で、巻頭俳句として推奨させて頂く】

木洩れ日にこぼれ咲きして小米花
日の匂ひ大地の匂ひ九月かな
妻病みて心の暗きシクラメン

   ポンペイア         須賀吐句志

日脚伸ぶ日々に知恵づく曾孫来て
【「曾孫」とは何となく珍しく、一寸面はゆいもの。私にも来月一年になる曾孫がいるが、重たくてあまり抱けないし私を見ると怪訝な顔をするが、すばしこくて眼鏡を取られ折られてしまった。
 この句のように一寸見ぬ間に大きくなり、分からない言葉を言いながら可愛い仕草をするが、孫の様には扱えない不思議なのが曾孫である】

春愁や忘れ字多く筆遅々と
【二句目、後期高齢者ともなると、本当に物忘れして困る。特にパソコンでやってしまうこの頃、見易い漢字が読めても書けないのが普通になってしまった。寒い冬も終わり春の訪れもそこはかとなく、「春愁」という季語の良く座った佳句であった】

無聊なる老の二人に小鳥来る
若葉風子等夫々の道を往く
合格の報せ次々風光る

   ヴァルゼングランデ     馬場園かね

その日より更なる苦難終戦日
【今年は終戦より七十年目の年であった。八十歳の人はあの日は十歳という年であったから、終戦後の苦難は覚えているであろう。田舎は都会ほどの苦難はなかったが、都会に住み終戦後のどさくさに紛れ込んだ人々は、本当に大変であった。
 この句の如く、「更なる苦難」である。「終戦日」という、ブラジルでは冬の難しい季語を詠んで優れた佳句である】

息災と友の便りやアラポンガ
春菊や灯を消してより香りたつ
春の雨日々の過(よ)ぎりも砂時計

   イツー           関山 玲子

音程もメロディーも良しベンテビー
【うちの屋上によくベンテビーの番が来て、良い声で鳴き交わしているので、じっと暫く聞いて楽しんでいる。柴犬が高いところを羨ましがってか吠え立てるが、少しも恐れる様子はない。
 「音程もメロディーもよし」とは、やっぱりピアノの先生。少しユーモアもあり楽しい佳句】

電話して皆留守の日や鳥雲に
乗り越えて来しあの頃よ終戦忌
ふと漢字忘れてゐたり鳥雲に

   サンパウロ         串間いつえ

こんもりと花明りしてつつじかな
【つつじには多くの種類があるが、普通公園や寺また、昔憩の園で見たつつじはこの句のように、こんもりときれいに咲き誇っていた。
 この句は、同じ花であっても、春咲き始めるアマリリスや春の蘭などのように、その一輪一輪の美しさを愛でるのではなくて、こんもりと多くの花の集団の美しさを眺めるのとは、自ずからその鑑賞の思いが違ってくる。「花明りして」という言葉から、つつじが綺麗に刈り込まれた花叢が、よく表現されている写生俳句であった】

犬に遣るバケツの水も温みけり
人は皆子供になってチューリップ
鳥雲にどこか遠くへ憧れて

   アチバイア         吉田  繁

春一番椰子の大葉を落としゆく
【「春一番」は、乾燥し切った春先に初めて吹く北西の強い風を言うが、この十五階のアパートでも大分前に春一番と思われるひどい突風があって、これが今年の「春一番」だなと思わせられた。
 この句にある様に、アチバイアの街並み木や植え込みの樹木の葉を振い落した「春一番」を詠んで、良い写生俳句であった】

啓蟄や蟻軽々と葉をかつぐ
春眠や良き夢のまま永眠を
夏近し孫等と旅のイグアスへ

   サンパウロ         篠崎 路子

歳時記を開きしままに春眠し
【「春眠不覚暁」と、俳句をはじめ詩や短歌にも詠まれるが、春ともなれば昼夜を問わず快い眠りに誘われる。こうしてパソコンを打っていてもいつの間にか手が休んでしまう。
 作者も同じように忙しい人、句会が迫ってくると歳時記を広げて兼題の十句をどうでも詠まなければならない。うつうつと微睡(まどろみ)ながらの一句、いい俳句でした】

うっかりは年の所為かと春の昼
アルバムの遠き日追ひて春日傘
何処までもイペー明りに遠回り

   ヴァルゼングランデ     飯田 正子

土地境川の向ふは春がすみ
【昔から春は「霞」、秋は「霧」と区別されているが、(春霞)(薄霞)(遠霞)等と詠まれている。
 作者の農地の境にはかなり大きな川が流れているのであろう。春ともなれば川の水も温み、水蒸気が立ち込めて薄い霞に包まれ、向こう岸の畑も家も朧に霞んでしか見えない。和やかな美しい春景色の豊かな写生俳句である】

オランダに旅立つ孫や春の宵
金婚の二人の笑顔暖かし
久々に素足で歩く春の浜

   サンパウロ         高橋 節子

踏まれても何処にでも咲き鼓草(つづみぐさ)
【「鼓草」(つづみぐさ)はタンポポの異称。本当にタンポポはどんな処にでも咲くが、その種類も多様で実に小さな(ミニタンポポ)まである。あまり小さいのでよく見てみるが、全く同じで小さな綿毛をつけて何所えやら飛んでいく。この句のように「踏まれても」「どこえでも」といわれると、何となく哀れになる位懐かしい花】

父の日や吾子は欠かさず花を買ふ
麗らかやミニスーパーが真向ひに
木の葉髪梳き上げくるる手のやさし

   アチバイア         沢近 愛子

お邸の紅イペーも見頃かな
【「イぺー」は春が訪れると野山をはじめ、街路や屋敷などに美しい花を咲かせる。その色も多く、イペーはブラジルの国花とされている。
 この句のように、石垣のある屋敷の辺を歩いていると良い香りがして、「紅イペー」がみえたのであろう。もう紅イペーも美しい見頃なのだなと、そんなやさしい佳句である】

溜池に水鳥四五羽睦まじく
大鉢にパンジー色々植えてみる
春日和友と連れ立ち日本市

   トメアスー         三宅 昭子

死の谷も通りし記憶終戦日
免れし残留孤児や終戦日
原爆の広島長崎終戦日
遅すぎたポツダム受諾終戦日

   ブラジリア         青砥 久子

カバーつけ母の形見の赤毛布
冬休み手伝ひふえて親安堵
我二世移民の子孫移民の日
鷹一羽翼広げて大空を

   サンパウロ         松井 明子

春風や散歩小路をのんびりと
アラポンガ静かな山に気合ひ入れ
終戦日瓦礫の山に嗚咽せし
暮鐘草思ひ出多きカンポスに

   サンパウロ         近藤玖仁子

あの春もこの春も又一人かな
見はるかすジャカランダーは恋の色
燃ゆるもの燃えて儚きジャカランダ
一片が雪割桜気をもます

   サンパウロ         秋末 麗子

アラポンガ孤独を嘆くかに叫び
暮れなづむ街路に開く暮鐘草
神風の勇士に涙終戦日
山荘の廊下蛙の置き土産

   サンパウロ         建本 芳枝

春風や自衛艦旗を靡かせて
【先ごろ日本から自衛艦がやってきて、多くの人が見学させてもらった様子を新聞で見たが、やはり日本人の勇姿は軍艦でなくとも、海軍さんでなくても凛々しくて立派である。「自衛艦旗を靡かせて」と晴れ晴れしい佳句であった】

春菊や卵と焼けば子のおやつ
終戦日戦争孤児の体験記
仏間の葉微かに揺らし春の風

   パルマス          宇都宮好子

冬晴や塀つたひ猫どこへゆく
枯葉掃く風にさらはれ又も掃く
口紅の色に欲しきや寒の木瓜
湯ドーフに塩一つまみ浮くを待つ

   ポンペイア         田中 菊代

イペー咲き鶴孫旧居浄土めく
【ポンペイアの細梅鶴孫さんとは懐かしい。もう亡くなってから久しいが、創刊号からの熱心な誌友で立派な方であった。「浄土めく」とは清らかな美しい佳句である。】

朝の庭掃けば蜂鳥来て待てる
ツッカーノ夕日に嘴反射して

ツッカーノ

『ツッカーノ』はポルトガル語でオニオオハシのこと。ブラジルの国鳥でもある。

(Foto By Veronidae (Own work) [CC BY-SA 3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], via Wikimedia Commons)

春椿ほろりと落つる運命かな

   インダイアツ―バ      若林 敦子

冬ぬくし暦にしるす旅予定
庭の隅地ならしをして春を待つ
朝市の活良き鮃昆布でしめ
終戦日いま秘話明かすテレビかな

   アチバイア         東  抱水

ユーカリの木々軋ませて春一番
春立つや安否気遣ふ娘の電話
暖かやままごと好きな女の子
暖かや余生大事にすごす日々

   アチバイア         宮原 育子

啓蟄や日々変りゆく街の相
春立つや厨の食器並べ替へ
運不運見せし芽生えや名草の芽
啓蟄の径は避けよと子に訓へ

   アチバイア         池田 洋子

花も木も刈られ無残なさら地かな
職離れ迎へし春の模様替へ
天下取る如き桜の咲き競ふ
ひたすらに携帯見つめ春のバス

   イタジヤイ         高橋 紫葉

句学ばず何やかにやと懐手
【めったにニッケイ俳壇には投句して頂けませんが、もう春の季節ですから「懐手」なんてやめて、楽しい俳句お待ちしています】

母の日や茶渋のついた古湯呑
同船者それぞれに老い春の風
三回目空巣にやられ竹の秋