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不況をよそに政界は乱戦=どうかたずくか大物解任劇=駒形 秀雄

 このところ雨が多いうっとうしい天気が続き、人々の顔も心なしか冴えないようです。世の中どう動いているのだろうと新聞やTVを見ると唯一活発に動いているのは政治の世界のようですが、これが又ゴチャゴチャでどうなっているのかさっぱり分からない。しかし、政府や議会で決めた方策によって国が動いている訳であり、それがひいては私達の日々の生活にも影響してくる訳ですので、その動きに無関心ではいられません。それで今回は現在の政界の話題、特に下院議長と大統領放逐の話にしぼって街中政談家『神部さん』の解説と併せ皆様に御紹介致したいと思います。

断じて辞めないクーニャ議長

話題の人、クーニャ下院議長(Foto: Lula Marques/Agencia PT)

話題の人、クーニャ下院議長(Foto: Lula Marques/Agencia PT)

 リオ州出身のクーニャ下院議長を『ダメだ、辞めさせろ』と云う声はその就任直後から上がっています。同氏に関してはペトロブラスの海上設備(PLATFORM)借り入れ契約で500万ドルの裏金を受け取ったなどの違法行為が公となり、目下最高裁判所で審理されています。
 日本でしたら違法行為が明らかとなり、訴追でも受けたらその時点で直に辞任に追い込まれますが、クーニャ氏の場合は異なります。「不正の金などは受け取っていない。そんな告発は反対派の策動のせいだ。〔わしは悪くないのだから〕辞任など絶対しない」と断言しています。
 議会内ではクーニャ在職に反対の議員達が「クーニャは下院議長にふさわしくない」と議員達の署名を集めましたが(法的拘束力はないので)本人は痛くも痒くも無い、とどこ吹く風です。

【神部】「この様な強気の発言の背景にはクーニャと同様収賄容疑をかけられている〃脛に傷持つ〃議員グループの存在がある。こういう議員達はクーニャ議長を表に立てて政府当事者に圧力をかけ、自分達の不正捜査に手心を加えさせよう、あわよくば容疑をウヤムヤに終わらせよう、という共通目的がある。クーニャ議長がその職権を使い、『我々を攻撃するなら、大統領の罷免プロセスも進めるぞ』と脅せるのもこの〃脛傷〃グループがいるからなのだ」
 「ところで、クーニャは以前、下院のペトロブラス案件の調査委員会に召喚されている。『貴下は業者にワイロ支払いを要求し、これを外国(スイス)の口座に振り込まさした、とされているが事実か?』
 この質問に対しクーニャは、金銭受け取りを全面否定し『外国に裏金を受け取る口座などは一切無い』と明言している」
 「ところがその後捜査が進むとスイスの銀行にクーニャと家族の口座があることが判明し、その証拠書類も公表されてしまった。今回下院の倫理規正委員会は『この様なクーニャ氏の虚偽の議会証言や、種々の言動は下院議長としてふさわしくない』としてその解任の議案を本会議に上程することを決めたのだ」
 さて、一件は、これから攻める方、守る方の時間のかかるやり取りがあって、下院の全員会議で審議採決される訳ですが、それには全512票の過半数、257票以上の賛成が必要となります。クーニャ側は口座の証拠書類を突きつけられて「外堀を埋められた」形になっていますが、なお戦意衰えず『こんな謀略は打ち砕く。勝算われに有り』と天晴れのサムライぶりでブラジリア城内を闊歩しています。日本的感覚では有りえないようなこの合戦、さてどうかたずくものでしょうか?

大統領を放逐出来るか

 ジウマ大統領は昨年の選挙で当選し、就任したのですが、就任して間もなく反対機運が起こりました。しかし一国を代表し、国の方向を左右する大統領ですからそう簡単に取り替えられるようにはなっていません。
 現在最も唱えられている方法はインピーチメント(IMPEACHMENT)方式です。大統領をこの方式で罷免するにはまず第一に大統領が重大な法律違反を犯していることを立証しなければなりません。犯罪事実を理由にして下院で、また上院での賛成を得て初めてインピーチメントの成立となるのです。
 で、反対勢力(主にPSDB、DEMなどの野党勢力)はジウマ大統領の不正資金入手などを指摘しましたが、このやり方は体制側にダメージは与えても犯罪を犯しているという判決を貰うまでに時間が掛かって、実際的ではありません。
 それで反対勢力はやり方を変えて、政府財政の決算のやり方に粉飾があったこと(俗にPEDALADAと呼ばれている)を国家財務法違反だとして訴えることにしました。決算などは不正などと違って数字が公表されていますから、証拠が簡単に揃えられるのです。
 ところが、決算が公表され、粉飾(ペダラーダ)があったとされる違反が見られたのは昨年〔2014年度〕の決算で、前政権(ジウマ第一期政権)時代の出来事です。これでは現政権(2015年から)の犯罪として追求することは出来ないと分かりました。そんな事で今度は現政権の国家財務法違反に的を絞って追求する構えを見せていますが、この違反事実は現会計年度が終わってからとなりますから、今すぐジウマさんを訴追は出来ないことになります。
 更に仮に犯罪事実が確定出来ても、その後で議会で罷免賛成の絶対多数を揃えることが必要になります。現政権はPT、PMDB(労働者党、民主運動党)などの多数与党の支持を得ている訳ですから、この賛成票多数獲得も簡単ではないでしょう。議会の前で大衆が集ってデモをするだけで政治を変えるのは容易ではないようです。

【神部】「日本では民主党などの野党が内閣に揺さぶりを掛けるために〔支持票不足で〕可決されないと分かっていながら内閣総理大臣不信任案などを上程するが、ブラジルでは事情が異なる。罷免実現の成算があって運動を始めるのだ。現在、政権側は自陣につくのか敵方につくのか向背がはっきりしないPMDBなどに対しては、大臣や政府要職のポストを提供してインピーチメントが出来ないような多数派工作を推進している。守りを固めている訳だ。他方、攻める側としても一度に二つの大首を狙うのは荷が勝ちすぎるとして、まず手薄になったクーニャ陣を攻略して双方の実力、動向を試してみる。これが成功して民衆の支持がある、勝てる、と判断してから、本命のジウマ攻略に踏み切るのでないか」

それで経済はどうなのか

会見中に、クーニャ議長の顔が入った「偽ドル札」がまかれた〃事件〃も(11月4日、Foto: Lula Marques/Agencia PT)

会見中に、クーニャ議長の顔が入った「偽ドル札」がまかれた〃事件〃も(11月4日、Foto: Lula Marques/Agencia PT)

 国の経済と政治は密接に繋がっています。ジウマ政権の人気が急落して「こんなリーダーは取り替えろ」となっているのも一つには経済が不振で、一般市民の暮らしが苦しくなっているからです。
 近くで食堂をやってる小母さんは「料理材料の値段は上がる、電気代は上がる。それでも競争が厳しいから出す食べ物の値段は上げられない」とこぼします。
 右肩上がりの成績でブラジル発展の見本みたいだった自動車工業はこの年生産が20%以上の激減で、世界の業績ランキングでもインドやメキシコに抜かれて8位に落ちました。サントス低地にあるおなじみの製鉄所〔ウジミナス〕は鉄鋼の生産ストップを決め従業員数千人の解雇を発表しています。生活の糧を失う人、他に収入のあても無い地元社会は大騒ぎです。
 今年のインフレ指数は10%になり、政府の言っていた数字を軽く超えています。国の総生産の伸びを示す指数―GDP―はマイナスの3%です。まずいことに来年も2%以上のマイナス成長が予想されています。そうです、風船に例えるならはブラジルの経済風船は年に2%~3%としぼんでいっているのです。本来風船は国力に応じてパッチリと張れていなければならないのに、です。
 まだあります、最近発表された国の財政収支では巨額の赤字が予測され「赤字を減らすには税収を増やすしかない」と新しい税(通称小切手税など)の創設が計画されているのです。
 これらに対し、政府と持ちつ持たれつの経済界の大方の考え方はこうです。
 「今ここで政権交代とか選挙とかで大切な時間とエネルギーを浪費しないで貰いたい。仲間内の喧嘩は程ほどにして、低迷しているこの国の経済の活性化、復興に皆が結束して当たらねばならない」「勘定の帳尻が合わないからと言って税金を更に増やすなどはとんでもない。企業も国民もこれ以上の税の負担には耐えられないのだ。今までの放漫経営で膨れ上がった政府の構造を見直し、合理的組織にして支出を抑えることをやるべきだ。」 なる程、全くその通りですよね。
 (神部さんが付け加えました)母ちゃんが「父ちゃん、お金がないんだよ。もっと稼いでもって来て」と痩せた父ちゃんの尻を叩いても、可哀そうにもう何も出ない。「お前の方こそ、荒い金使いを止めて家計を助けてくれ」――いずこも同じ年の暮れ、です。

国民のための政治を

 ブラジルは本来恵まれた国です。裏山を掘って鉄鉱石を採れば外国に高い値段で売れました。広い大地で大豆を作れば、作っただけ売れました。その上、海の底を掘ったら石油が採れることまで分かったのです。
 昔の人が言うようにこの国は『神の恵みに溢れた国』なのです。政治家たちもこの神の恵みの環境に安住してのんびりし過ぎた気配があります。金があるから、これを恵まれない人にも分けようと、働かない人にも手当てを払い、家の無い人にも政府が補助して住むところを提供しました。これがお金に余裕がある内は成功したように見えたのですが、お金を使う方にばかり気をとられ、お金を生む方への配慮が足りなかったのです。生産を合理化する、産品の輸送手段を整える、政府の機関を整備して行政のコストを下げる、税金を整理改革する、などの対応策です。
 この様な生産、収入を増やすことへの施策を怠った、政府の機構が膨れ上がり経費が増えた、そのツケが今表面化してきたのです。ここは政府も企業も各国民も協力して全員で『風船を膨らます』事をしないとなりません。政治家はこういう方向を打ち出し、明確に国民の理解と協力を得るようにしなければなりません。仲間内の合戦にエネルギーを費やしてる時ではないでしょう。
 2016年にはブラジルでオリンピックが開かれます。世界各国から大勢の人達が来て、この国の実情を知ることになります。その時に内輪合戦で揉めていて、会の運営も満足に出来ないとなったらどうでしょう。
 「この国はこんなに天の恵に溢れた国なのに、強欲の人間達が争いあって、その利点が生かされていない。モッタイナイ」そう言われないよう皆で力を尽くしたいものです。(11月5日記)