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ニッケイ俳壇(865)=星野瞳 選

   アリアンサ         新津 稚鴎

白き月浮べ広野は草の春
鳴きそろう夜蝉に今宵の月遅し
白蝶の黄色い卵貝割菜
牧の沼に映りて今朝のイペーの白
菜飯焚き二人の生活始めけり

   セーラドスクリスタイス   桶口玄海児

リトラールはいつも風ある海は初夏
アスパルゴ初芽を食べて移民健
※ポルトガル語でそれぞれ『リトラール』は浜辺、『アスパルゴ』はアスパラガスのこと。

穴を出でし蛇の腹這い始まりし
穴出でし蛇野ねずみに頭を上げし
姦ましき恋に夢中のジョンバウロ

   ボツポランガ        青木 駿浪

清貧に生きて悔いなし青簾
雲の峰マンチケーラのそびえけり
※『マンチケーラ』はブラジルのサンパウロ州、ミナスジェライス州、リオデジャネイロ州にまたがる山脈のこと。

小康のつづく病妻ヒヤセンス
夏草や篤学の友今朝逝ける
大河に添う一望の麦の秋

   カンポスドジョルドン    鈴木 静林

ブラジルに八十一回の春迎える
陽光に鋭意秘めたるスタート線
スタート切る弓弦はなれし矢の如く
大乳房乳をこぼしつつ春の牧
春の牧意地悪る目つき虎手牛

   ジョインヴィーレ      筒井あつし

一通の文が宝や念腹忌
孫弟子を自負してまつる念腹忌
ホ句の道究むは難し念腹忌
春愁や死のふち二度もさ迷いて

   サンジョゼドスカンポス   大月 春水

盆の花こぼれず朝の露ふくむ
何時卆寿とったか掌に出し数え見る
墓地で会うお盆の言葉久しぶり
※11月2日はDia dos Finados(死者の日)で、ブラジルのお盆にあたる

天気図の雨だと此所は雨降らず
一昔の亡父が夢に出て呉るる

   グァタパラ         田中 独行

実桑もぐ蚕を飼って子等育て
桑の実や毛生え薬と植えしもの
桑の実のジャムは高価と厨妻
半世紀知らぬ猛暑と暮の春
舗装せし村の市街地春日傘

   サンパウロ         寺田 雪恵

あやまりつつそっと歩くジャカランダ
アスファルトひな雀いて此所はどこ
わらび蕗竹の子のありなお国を恋う
みみず狙うサビアの朝の春の庭
手の届く所にあふれて花ゴヤバ

   サンパウロ         武田 知子

香水がひそかに坐る隣かな
支那服の深きスリット夏めきぬ
夏めくや社内艶めく膝がしら
冷麦や独りで啜る昼の雨
夏雲を呑まむと椰子の背を伸ばし

   サンパウロ         児玉 和代

先祖なき夫のみの墓子と参る
孫一人が吾が家の男の子春の風
古びしを開けば華やぐ春日傘
減りてゆく身丈を伸ばし青き踏む
夏めくや大盛サラダのダイニング

   サンパウロ         西谷 律子

甘酢ぱい桑の実ふくめば里心
三人の仲良く並ぶ墓洗ふ
会ひに来たと母に声かけ墓洗ふ
パラナまで墓参せし子を案じおり
新しき墓石の名前なで墓参

   サンパウロ         西山ひろ子

久方の陽差しの中や百千鳥
天を指し地に向く花に春日濃し
コカコーラチョコを供えて墓参る
ハイタッチで行き交ふ広場春の風
急かされて一と日過ぎゆく夏時間

   サンパウロ         新井 知里

ミキサーでの草餅作りを自慢する
モジの茶房で偶然にお能が見られて堪能す
うららかに人集いよりモジ祭
何回も咲いてくれたりシクラメン
囀のする庭いとし二人して

   サンパウロ         林 とみ代

木の芽風に誘われ園に歩を伸ばす
夏近し片肌脱ぎの服売り場
うららかに微笑み召さる紀子妃さま
春泥におしゃれな服を汚されて
日曜日の歩道天国春の街

   サンパウロ         三宅 珠美

蜂すずめ花をパートナーに踊るかに
花が好き勿忘草の名前好き
煙雲すっきりとせぬ目覚かな
くっきりと彩したたるや春の虹
おぼろ月よりそうて影の身動かず

   サンパウロ         竹田 照子

白菊を鉢ごと供へ墓参り
西日さす席ゆずられてとまどえり
盆の月独りで見ればなほさみし
霞草愛でし亡母の墓の辺に
春暁や悪夢に目ざめ汗しとど

   サンパウロ         原 はる江

街灯のまばらの明り春の闇
紫を愛して亡き友ジャカランダ
雨風に細き身くねりて合歡の花
春天に夫は勇みてシャーカラへ
※『シャーカラ』とは、ポルトガル語で小農園のこと。

水制限解かるを待ちて夏近し
※サンパウロ周辺では、給水の三分の一を占めるダムであるカンタレイラ水系の貯水が少なく、底水を汲み上げるほど。各地域で取水制限を設けるなどの対策を行っている。

   サンパウロ         玉田千代美

昨日今日木の芽ほぐす雨しとど
春野原生あるものは動きおり
墓参するどこかで夫の声聞こえ
春寒し病名ふれず友見舞う
語るにも偲ぶこと多し春の宵

   サンパウロ         山田かおる

蝉が鳴きほたる飛び交う里のどか
風邪に伏し稽古ごともみな遠く
おしゃべりで明るい嫁居て春うらら
老せわし花種蒔いて芋植えて
笹蘭咲きミナスへ越した友偲ぶ

   サンパウロ         平間 浩二

夏めくや久方ぶりのリオの街
吾子の待つ二千キロの墓参かな
春愁や夫婦の絆分ち合う
フリージアうす紫の香りかな
雨上り濃ゆき紫紺のジャカランダ

   サンパウロ         大塩 祐二

春眠をそそる雨音ひそやかに
気のゆるみし水とろとろと春めきぬ
春の夢心のひだをちとゆらし
久々に訪ふ公園下萌ゆる
青天に白々しさや夏の月

   サンパウロ         大塩 佳子

ジャカランダ静かに咲いて何思う
夏の朝犬小屋脇にホームレス
老いはいづこスマホに夢中友の夏
うっかりはNHKのせいと夏時間
夏防災無線は村にノーベル賞

   ヴィネード         栗山みき枝

春なれやマサジ後の眠気きし
サマンバイヤ葉先長々もすそめき
牧場枯れバロンの行方気になりて
アセローラ熟れてこぼる庭
医師の道早朝深夜の重労働

   モウロ・レドンド      小林ヨシ子

黄イペー陽気な国の色に咲き
蘭咲いて乏しき庭を明るくす
淡々と又ねと別れ駅の春
焼け跡の力みなぎる芽吹きかな
春愁やポ語も覚えず老いにけり

   モーロ・レドンド      太田よし子

着ぶくれて口癖となるどっこいしょ
干し毛布い母のぬくもりいただきぬ
この国に老いて悔無き春を待つ
年々に春待つ心高まりぬ
寒紅をそっとつけるも身だしなみ

   モーロ・レドンド      辻 ふさ子

しとしとと恵の雨やかたつむり
朝な朝な根切り虫根くらべ
愛犬の四肢を伸ばして昼寝かな
糸もつれ残る寒さの続く日々
夏の雨気にかかれどもある試験

   モーロ・レドンド      吉田 正子

日本祭我れ等の楽しみ又一つ
連休日終り嬉しき春の雨
誕生日皆で祝福ボーロ切り
とうもろこし茹でて孫待つ日曜日
冬至粥ブラジル風味鶏のガラ

   モーロ・レドンド      吉野 ふき

かげろうの立てる砂丘のまぶしかる
生涯の寒紅ひとつ母八十路
のどけしやアヌーの群は人おじぬ
久方の春雨うれしシャカレーロ
※『シャカレーロ』はポルトガル語で、小農園の農場主のこと。

日本祭我等も一と役買って出る

   アチバイア         東  抱水

念願の一番雨に目覚めけり
土手青む下校の子等の遊び場所
この辺り酪農多し牧青む
ブラジルは子等の祖国や木の実植う
耕地の森残す法令樹木の日

   アチバイア         宮原 育子

学童に托す未来や樹木の日
大根は花に出稼ぎいつ戻る
下萌や親に従きゆく雛喜々と
腰痛の良き日痛む日春寒し

   アチバイア         吉田  繁

春寒し四季無き国に住み馴れて
抜き忘れ大根花に春が来た
山岳のインカの首も草萌えて
花イペーこの国に老い悔いもなし
童謡のどんぐり植える係と爺

   アチバイア         沢近 愛子

移り来て農の一歩の山を焼く
移民妻山焼仕事腹すえて
若き日は自給自足し木の実植う
父の日や色とりどりにカランコエ
邸内に見事咲かせて紅イペー

   マイリポラン        池田 洋子

君が代を独立祭に歌う子等
独立祭苺まつりに人等群れ
野焼後戦の跡もかくありや
独立を祝ふ式典見つつ飲む
暖まる手だては一つ着ぶくれる