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甘くなかったキリンの進出=ブラジルビールの王者は誰=スカッと乾杯、難しい?=駒形 秀雄

ブラジルで生産されている「一番絞り」

ブラジルで生産されている「一番絞り」

 明けましておめでとうございます。新年が良い年でありますよう、皆様と共にお祈り致します。
 さて「新年年賀」と言えば、まずお酒やビールで「カンパイ」となりますが、そのビール畑で年も押しせまった昨年12月21日、衝撃のニュースが飛び出て来ました。
 4年ほど前に日本から颯爽と進出し、順調に業績を伸ばしていると思っていたキリンブラジル(前スキンカリオール)が大赤字を出し、そのせいでキリンの本社(HD・日本)までが上場以来の赤字決算となったと言うのです。
 ブラジル社の販売などが予想と違って上手くいかずこの結果になったとの説明ですが、その金額が大き過ぎます。1140億円の損失とは、「えっ、マジかよそれ」です。日本と韓国の間で長年もめ、大統領まで巻き込んだ「慰安婦騒動」、これの決着金が10億円だったのですから、キリンブラジルはこの百倍以上の損失を出したことになります。
 たった数年でこの〃成果〃では「やっぱりブラジルは難しいね。見かけ男の甘い言葉に乗っちゃいかん。用心、用心!」となりかねません。
 なぜブラジルキリンが上手く行かなかったのか? ブラジルのビール業界とはどんなところなのか? 皆様と一緒に確かめてみましょう。

どうしてこんなに大損を

 不景気話でウンザリして、その辺のバールで一杯やっている日系人にはこれは格好の話題です。その一部を聞いてみましょう。
Yさん=「思ったように売れなかったと言うが、ビールは日常に飲むものだから、旨ければ売れるはずだ。売り出された当初早速飲んでみたが、旨くはなかった。ブラジルに向く味を研究してなかったのでないか」
Wさん=「僕はビールの味などはあまり分からないから、日本系という事で店に有れば、いつでもキリンを頼む。ところが僕の住む地域の店ではキリンを置いてないんだ。販売力不足でないか」
Qさん=「そうだ、あまり強力な宣伝もしていないから、(まず市場に慣れてから)と云うことで深く静かに潜行しているのかと思っていた。我々日系人は応援しようと思っているのに、日系人に対する宣伝も殆どしてなかったのでないか」
Tさん=「安いビールはメチルアルコールの割合を法定の線以下に抑えるため、ビール原酒に水を加えて調整する。スキンカリオール・キリンのビールを飲んだが、水っぽかった。それでいて、値段は高い。それからもうスキン・キリンを飲むのを止めた」
Iさん=「キリンは進出を決めるのに、きちんと市場調査をやったのか? 『ブラジルは暑いし、人口は多い、ビールは売れるに違いない』と素人的な感覚で来たのでないか。大損失の理由にブラジルが不況でドルが高くなったとかを挙げているが、そんな周辺状況はどの社にとっても同じことだ。同じ状況下で売り上げを伸ばしている会社があるんだ」
 という感じで、なる程、厳しい意見が多いが「尤もだ」と思われる指摘も多いですね。

ブラジルはビール先進国

表1 ブラジル人のPAIXAO=(熱愛するもの)を三つ挙げると、(1)フットボール(熱中度77%)、(2)ビール(35%)、(3)カーニバル(30%)なんだそうです。そんなブラジルのビール業界を調べてみると、これまたビックリ、ブラジルの方が日本よりズット進んでいるのです。
 まず、ビールの生産量でみると(表1)の通り、ブラジルは日本の3倍くらいを造り、世界でみても、中国、米国に次ぐ、世界第3位のビール大国なのです。
 それではとビールを造り始めた年代を調べてみると、ブラジルでは明治以前の1853年にドイツ移民がボヘミア=BOHEMIAビールを造っています。
 また、皆様お馴染みのブラマ=BRAHMAは1888年、リオで生産を始めていますが、キリンが日本でビールを造り始めたのが同じ、1888(明治21)年なので、やはりブラジルの方が先輩国となるようです。企業進出は、先進国が技術や資本を持って、これらの不足している発展途上国(例えばブラジル)にするものと思っていた、私達には一寸意外な情景ですね。
 日本は少子高齢化のせいで人口も増えない、ビールの消費も伸び悩み(減少)という事情があり、ビール企業が成長を望むならば、海外市場開拓しかないという状況があります。ここで、敢えて先進国ブラジルに殴りこみを掛けたキリンの勇気に拍手を送りたいところです。

競争勝ち抜く王者は誰

表2 私達はビールを飲むときに「ブラマが良い」とか、「スコールが好み」だとかラベルに注意はしますが、それを作っているのは誰か、メーカー迄は中々詮索しません。然し新しく市場に参入したい企業には、そのビールがどんな会社で造られているのか、市場をリードしているのはどこか、などは重要な注意ポイントになります。ここでブラジルのビール界の主なプレーヤー(役者)を御紹介してみましょう。
 私達がブラジルでビールを飲み初めた頃、給仕に「セルベージャ」と注文すると「ブラマ OU アンタルチカ?」と聞かれました。それほどこの2社が代表的な銘柄だったのですが、この競合2社がブランドはそのままに1999年、経営統合・合併してAmBevとなり、そのAmBevが今度は本社ヨーロッパのInterbrewと合併して、世界最大のビール会社Inbevとなりました。
 2009年にはそのInbevが米国のAnhausen―Bushと一緒になり、AB―Inbevとなっています。時代に沿ってブラジルビール市場も国際化し、企業買収合併(M&A)の時代に入っていると言えます。
 これとは別に、有名ブランドでカイザー=Kaiserが有りますが、その経営主はブラジル→米国→メキシコと変わっています。一方、1990年代からは各地方、特にサンタカタリーナ、リオ・グランデ・ド・スールなどでミクロビール(地場ビール)企業の手による生ビール(CHOPP)の製造が盛んになり、それぞれ特色を持って活躍しています。
 キリンの前身スキンカリオール社は、地方都市ITUで清涼飲料を販売していましたが、1980年代、ビール業界に参入しました。先進メーカーに追いつくため、質より値段(安値)を重視する大衆向け志向策をとり、安物と見られながら、それなりの顧客層を確保しました。
 当時、業界1位はAmBevで、そのブランドは(スコール33%、 ブラマ21%、アンタルチカ14%)合計で市場の70%近くを占めてました。これに次ぐスキンカリオールが11%のシェアーで、会社としては『業界2位』となったのです。
 この様に国際化、多様化したビール市場の中で、2011年、キリンがこの『業界2位』スキンを買収、進出したわけです。
 キリンは社名もスキンカリオールから「キリンブラジル」に替え、売り上げは今まで同様に伸びると予想し、強気の拡大路線を推進しようとしたのです。ところが、実際は見込み違い、売り上げは減少し、生産量は320万KL(2012年)から、250万KL(2015年)にダウンして居たのです。
 ブラジルのビール市場は(スコール、ブラマ、アンタルチカ、ホエミア、オリジナル)の各ブランドを持つAmBevが70%強、寡占の王者です。対するキリンは(スキン、デヴァッサ)の2ブランドでだけで10%程度、他にカイザーとか地場ビールもありますから、この市場争い中々厳しい、ブラジルのビールは〃甘口〃では無かったようです。[表2]

天駆けるキリン

イトゥー市内にある工場

イトゥー市内にある工場

 キリン本社(HD)ではこの様な事態に対して「生産を縮小して2019年には黒字化を目指す」としていますが、他方では「ブラジル会社の合併、売却の可能性もなしとは言えない」と声明しています。現今の経済不況の中、会社としても中々苦しいところでしょう。
 ところで日系ビール愛好者からは次のような声も上がっていました。
 「ブラジルのビール市場はまだまだ有望だ。カーニバルもあるしオリンピックもある。キリンも覚悟を決めて出てきたんだろう、初志を貫いてガンバッテ貰いたい。我々も応援する」
 「キリンは営業や宣伝が弱かったのではないか。これからは日系社会にも、もう少し宣伝、営業をして、日系社会経由のブラジル社会への浸透、市場の開発を狙ってはどうか。例えば、日系社会ではブラジル人を巻き込んだ(日本祭り)などが盛大に行われている。この日本祭りにキリンがスポンサーとなって、顧客開発などを図れば良い。どうだ」
 キリンビールのラベルには天空を駆けるキリンの絵柄があります。この絵に有る通り、キリンにもブラジルの天に駆け上がる勢いを見せて欲しいですね。
―(感想などをどうぞ=komagata@uol.com.br