9月3日・土曜日の朝、一つの布団から起き出した二人は、お互い何となく恥ずかしさを感じながら、いつもどおりシャワーを浴びて朝食をとった。
朝から日差しが照りつけて暑くなりそうな日だったが、二人はブラジル人の夫婦のように格好よく肩を抱き合い、さわやかな気分で仕事に出かけた。
「アテ・ローゴ(またあとでね)!」
大通りに出たところで、二人はキスをして別れ、別々の方向にある工場に向かった。
リカルドが「妻」の生きた姿を見たのは、これが最後だった。
「その日は少し残業して、午後の1時半頃アパートに帰ったら、テーブルの上に『友達のところへ行きます』というメモが残されていました。」
「うーん。君の話を聞く限りでは、サンパウロにいる守屋というブローカーと奥さんの母親あたりを調べれば、何か分かるような気がするな。まず、その二人の連絡先を教えて・・・。それから、よかったら、さっきの子供の出生証明書のコピーと、ブラジルで撮った君たちの写真も置いていってくれ。サンパウロにいる仲間に頼んで調べてもらうよ。何か分かったら、こっちから連絡するから」
リカルドが帰ったあと、私は、旧友で、「トドス・アミーゴス」のメンバーでもあるセルジオ金城にメールを送り、リカルドと偽装結婚して日本で死んでしまったアナという女のことを調べてもらうよう頼んだ。リカルドからあずかった書類と写真は、デジカメで撮ってメールに添付した。
セルジオ金城は、サンパウロ州で不動産投資によって成功した日本人で、ブラジルの永住権を取り、今はサンパウロのビジネス中心街のパウリスタ通りに事務所を構えている。最近では、青少年向けのサッカースクールを開設し、日本からの留学生も受け入れている。
メールを送り終え、ログオフする前に、例のブラジルコーヒーを追加注文しようと思って、販売会社のホームページを開くと、社長のあいさつ文が掲載されていた。
『・・・今後も弊社をよろしくお引き立て願います。 株式会社木村屋コーヒー 代表取締役社長 木村健』
「木村健?あれっ、どこかで聞いたような・・・」
木曜日のアポの確認のため、夕方近くに木村氏の会社に電話すると、受付嬢が社長につないでくれた。
「はあ、どうも。お待ちしています」
木村社長はえらく元気がない様子で、小さな声でそれだけ言うと、自分から一方的に電話を切った。うつ病みたいな人間を相手に、木曜日はいい取材ができるのか、何だか不安になった。
【第8話】
その週の木曜日の午後、私は、予定どおり、西新宿にある木村屋コーヒーの本社を訪れた。
約束の時間に社長室の受付に着くと、そこにはブラジル産の大きなアメジスト(紫水晶)が飾られていた。秘書にアポの件を告げると、すぐに社長室に通された。
その男は、紺色の深いじゅうたんが敷かれた部屋の窓際に立っていた。
長身で肩幅のある体を包むスーツはアルマーニか。彫りの深い顔は健康的に日焼けし、てかてかのオールバックの髪形がお似合いだ。年は40過ぎのはずだが、スポーツをしているのか腹は出ていない。
満面の笑顔と輝く目をして近づいてくる人物は、電話から想像したのとまったく違うイメージの男だ。
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